tokyokidの書評・論評・日記

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日記170221・いまさらの英語

tokyokid2017-02-21

日記170221・いまさらの英語
 先日あるテレビ番組を見ていたら、日本人成人の「稽古事」で、男女ともに一番人気なのが「英語」ということであった。成人といえば一般的に社会人だろうから、これらの人がいまさら英語を習って人生の何に役立てようというのか。
 英語に堪能になったとして、その英語を何に使おうとしているのか、目的にもよるだろう。社会人で一定期間内に英語の読み書き・話す聞くに堪能になったとして、よりよい就職先を見つけるのに役立てようというなら、それはちと遅すぎるだろう。この時代、半世紀前と違って英語の堪能な帰国子女はゴマンといることだし、英語を使う職場にはすでに彼ら・彼女らが大幅に進出してしまっている。余程でなければ、社会人になってから習得した英語の使い道など有りはしないだろう。あったとしても、これらバイリンガルの帰国子女と英語で競うのはほぼ絶望的とみていい。なぜなら人の音感は3歳のときに固まってしまうといわれており、それから後に習得した言語はどうしても幼児期から英語を使っていた人に追いつくのはほとんど絶望的だからだ。
 一方半世紀前の話だが、アメリカの東部にアパラチア山脈があり、そこでは炭鉱がおもな一次産業だったのだが、その地域のコミュニティで話される日常会話の語彙数は約1千語だったという話があった。現在一般的に日本人は母国で使う日本語のなかで、英語の単語は約2千語を日常的に使っているという統計もあるそうだ。それならいまの日本人は既に半世紀前のアパラチア地方のアメリカ人よりも語彙は豊富だということになる。
 ま、他人の趣味に口をはさむつもりは毛頭ないが、使うつもりで成人がこれから英語を習ってもなんの役にも立たないだろう。高い月謝を払ってもムダなわけである。それよりタダで英語がうまくなる方法がある。図書館から原語の英語本を借りて来て「読む・書く」の練習に励むことだ。そして「聞く・話す」ほうは、戦後の米軍占領時代から綿々と続いているラジオ放送を、1日中付け放しにして耳と口を鍛錬すればいい。この米軍放送を昔は FEN、 Far East Network と言ったが、いまはなんというか知らない。もう何十年もラジオは聞いたことがないが、いまでもあるのかなあ。私ならこれから使うアテのない英語を習うより、NHK の放送大学か、各大学に設置してある市民講座で、歴史や文学や理科の好きな学科を学ぶことにする。いまはいろいろな学科が市民講座にはあるから、この方がよほど楽しいこと請合いである。□(写真はネットから借用)