tokyokidの書評・論評・日記

tokyokid の書評・論評・日記などの記事を、主題に対する主観を明らかにしつつ、奥行きに富んだ内容のブログにしたい。

日記190621・短い駅名

日記190621・短い駅名

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 前々回にスペルの長い英単語の話をしたから、こんどは短い駅名の話をしよう。東京・山手線の駅名で、ローマ字で書くと一番短い駅名がある。どこか。

 山手線にはご覧のとおり現在29駅ある。これに近々「高輪ゲートウエェイ」という妙な名前の新駅が登場する。場所は品川と田町の間である。

だいたい「山手線」を土地っ子は「やまてせん」と言う。文科省かどこか知らないが、政府指導の「やまのてせん」というのは田舎者ばかりだ。日本人はお上に対して従順だから、お上が「やまのてせん」といえば駅や電車内のアナウンスもそうなるのである。実に馬鹿々々しい。

 答は神田である。ローマ字では Kanda で、K and A とも読めるから、それでローマ字ならたった二字の駅名なのである。おわかりか。□

(写真はネットから借用)

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日記190611・助六寿司

日記190611・助六寿司

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 助六寿司の名前の由来を知っているかい? ま、それはあとのことにして、私は昼飯を食いたいが量はあまり食いたくない、というときに助六寿司弁当はぴったりだと思っている。お稲荷さんと海苔巻きと、たいていは刻み生姜漬が入っているあの弁当だ。

 酢飯がいい。単独でもうまいお稲荷さんがいい。たいていは干瓢を巻いただけの海苔巻きがいい。見た目も鮮やかな紅ショウガもいい。なにより量が程良いのがいい。写真の一枚目、これは典型的な助六寿司。なんの変哲もない。二枚目は腹の減る若手向きの太巻きを加えたヤツ。これならボリュームもそこそこある。海苔巻きだけでは物足りない向きにピッタリだ。三枚目は築地のさる弁当やの助六寿司で、これには築地名物の玉子焼がついてくる。この玉子焼がめっぽううまいのだ。

 私は簡単な昼食、それも和食なら、この助六寿司か海苔弁が随一のおすすめだ。海苔弁についてはまた書く折もあろう。

 で、なんでこのお稲荷さんと海苔巻きの入った弁当を「助六」寿司というか。これは歌舞伎の花川戸助六が出てくる、なんとやらいう芝居に関係がある。助六は江戸時代のいなせなあんちゃんだが、ま、舞台ではまた彼のいでたちがすこぶるいい。嘘だと思うならG検索してごらん。その助六の思い人が芸妓の「揚巻」なのだ。油揚げと海苔巻きだから江戸っ子はしゃれて「助六」と呼んだ。いいねえ。粋だねえ。鯔背だねえ。□

(写真はネットから借用)

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日記190601・Supercalifragilisticexpialidocious

日記190601・Supercalifragilisticexpialidocious

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 あなたがご存じの英語の単語で、いちばんスペルの長い単語はなんだろうか。私の高校生の頃の答は notwithstanding だった。

 ところで同じ質問をアメリカ人にすると、たいてい題名にある単語を言う。意味はどういうことかと訊くとわからないと言う。最初に super とついているから、どこぞのスーパーマーケットのCMソングなのかも知れない。ちょうどイタリア民謡の「フニクリ・フニクラ」が登山電車会社のCMソングであったように。

 ところでこの長い単語は、歌の題名でもある。興味のある方は下のアドレスをクリックしてみてください。

 

https://www.youtube.com/watch?v=IWH3Hmsr5fM

 

 ところで今の私の答は smiles だ。 どうしてって? それはふたつの s の間に一マイルもはさまっているからさ。えへへ。□

(写真はネットから借用)

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日記190521・ホンダジェットと三菱MRJ

日記190521・ホンダジェットと三菱MRJ

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 自動車メーカーのホンダが自家用七人乗りのジェット小型機を作るというので、飛行機後進国の日本国民の一人としては非常に期待したものだが、ホンダは期待にたがわず、立派に仕事をしてのけてくれた。聞けば昨年の販売では、四十余機を売って、このカテゴリーで一番になったとのこと。年に四十余機といえば月に約四機、つまり一週間に一機の割合で生産・販売したことになる。それも世界に例を見ない、エンジンと機体を同一メーカーが担当するという快挙ぶりなのだ。まことにご同慶の至り。

 これに反して大会社の三菱重工では、飛行機専門の三菱飛行機という子会社を作って取り組んだにもかかわらず、最初の発売予定から七年遅れて、今年の三月三日からアメリカで型式認定の作業に入ったということだ。この認定試験を通るのは、順調にいっても一年かかるというから、型式認定が下りるのは早くて来年上旬、七年遅れの納入予定が来年中ごろというから、七年遅れてもまだ納期上の綱渡りをやっているわけだ。ホンダジェットにくらべてなんと情ないことか。国家の庇護を受けている大三菱がかつて通産省から四輪車の生産をさせまいと妨害された戦後の会社であるホンダに負けて、いい加減に恥を知れといいたい。

不祥事続きの三菱の関連会社であるからには、仕方ないともいえる状況だが、私はホンダと三菱の差を担当した人間にあると見る者である。飛行機にまったく実績のなかったホンダは一発で成功したのに、いくら中型ジェット旅客機とはいえ、戦前から飛行機作りには実績のある大三菱がなぜ飛行機にまったく経験のなかったホンダに遅れを取ったか。ホンダは一人の優秀なエンジニアに全面的な権限を与えて、スクラッチから飛行機作りに励んで成功したが、大三菱はこの点「船頭多くして船山に登ってしまった」のではないか。巷間取沙汰されている設計人に未熟外国人を関与させた、というのがもし本当とすれば、大三菱は飛行機の設計事業をなめてかかった、というほかは無かろう。現にホンダは機体のみならずエンジンも、すべて日本人設計者、それも飛行機に経験のなかったエンジニアだけで仕事をやり遂げたのだから。

じつはこの二社のほかに、スバル(旧・富士重工)もプロペラの軽飛行機を作っている。富士重工も戦前ゼロ戦を作っていた会社だから、飛行機には長年の経験がある。その富士重工が作る軽飛行機がどの程度売れているのか知らないが、世界のマーケットで主要な位置を占めているとは聞いたことがない。こんなところにも、日本政府の航空政策の無策ぶりがよく出ている。政府は無計画に滑走路が一本しかない狭い空港を各都道府県につくりまくって、それらの地域空港は活用されていないところも数多いわけだが、そういうところは、自家用機の発着に使えば使えるはずだ。それを余計な規制をかけて、企業や個人の自家用機の利用をさまたげるしか能のない官庁なのだ。一方ではダメ会社の三菱に補助金を出して、片一方では満足な飛行機を世界市場に押し出す施策もとれない行政では、いったいなんのためにわれわれ一般国民は高い税金を国に払っているのだろうか。規制緩和はどこに行ったのか。□

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日記190511・アンクル・サミー

日記190511・アンクル・サミー

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 日本ではちょっと美人だと、またはちょっと有名だと、それだけであとはなにも芸がなくてもすぐ芸人として通るが、アメリカではそうはいかない。芸人であるからにはまず個性がなければならない。芸もなくてはならない。マドンナだって見てごらん。あれだけの個性を発揮している上に、あれだけ歌も歌えるのだから。あちらでは美人だからと言って即女優、それも大女優などと言われる甘い世界ではないのだ。かつてそのアメリカに、サミー・ディビス・ジュニアという大物の芸人がいた。歌よし、踊りよし、頭はよく切れて当意即妙のセリフやアクションがポンポン出てくる人だったからボードビリアンとしても立派に通用した。だからしばしばフランク・シナトラディーン・マーチンなどの超一流の芸人とトリオを組んでバラエティ・ショーに引張りだこだった。

 個性が強いというだけなら、日本にもある。たとえば洋酒の寿屋、おっとっと、いまは大会社のサントリーの広告部が開高健山口瞳柳原良平などを抱えた全盛期のころ、その柳原良平描くところのトリス・ウィスキーのキャラクター、アンクル・トリスがそうだ。生身の人間ではないが、個性が強いという意味では、サミーに少しも劣らなかった。

 写真をみてくれ。とくに横顔がよく似ているだろう。そしてなによりも両者は強烈な個性を放っているだろう。

 芸人も広告もさらに言えばデザインも製品も、これくらいでなければ社会は明るくならないよ。□

(写真はネットから借用)

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日記190501・ペニック・アイリーンと第三の男

日記190501・ペニック・アイリーンと第三の男

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 君はだいぶ前の洋画で「第三の男」を覚えているか。そう、第二次世界大戦直後のウィーンで、アメリカ製の当時の新薬ペニシリン抗生物質)が水増しされて密売され、投与された大勢の子供がそのために不具になってしまう、これが発端の映画だった。主演は独特かつ抜群の演技力で定評のあったオーソン・ウェルズ,それとジョセフ・コットン。

この映画は映画の内容もさることながら、その音楽で一世を風靡・魅了した。とくに当時日本では知られていなかったチターという楽器が奏でるこの映画の音楽が観客の心を捉えて離さなかったのだ。

 いまから六十ン年前、私が高校一年生のときに、英語の教科書にこの新薬の記事が採用されていた。英語の時間に朗読を指名されたA君は penicillin を自信に満ちてしかも悠然と素晴らしいアクセントを付けて、持前のよく通る美声で「ペニック・アイリーン」と発音してくれて、皆を大いに笑わせてくれた。新学期が始まってまだ間もない頃の、若葉のいまごろのことだったと思う。当時の学校中の先生のなかでも、美人の誉高かった担当の高橋先生の唖然たるお顔が、いまだにありありと目に浮かぶ。

 お互いに米寿に近い齢になっても、いまだに「ペニック・アイリーン」のA君には付き合ってもらっている。豈人生の歓楽ここに極まらんや。第三の男の主題歌は、下記をクリックすれば聞くことができるよ。

 

https://www.youtube.com/watch?v=IjmU_J50xSo

 

 個人的な思い出話につきあってくれて有難う。□

(写真はネットから借用)

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日記190421・理屈に合わない裁判員裁判制度

日記190421・理屈に合わない裁判員裁判制度

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 日本に裁判員裁判制度なんてあってたまるか。これは司法当局の怠慢以外の何物でもなかろう。単にアメリカの圧力に屈して、日本では要りもしない裁判員制度を取り入れさせられただけだろう。

 私は民法の授業で覚えていることはいくつもない。その一つに「法律には大陸法英米法がある」ということだ。大陸法は別名・明文法とも言われ、法律はすべて文章で定められていなくてはならない、というもの。フランスおよびドイツの法律がこれに当る。フランスに範をとった日本の法律体系もこのグループに入る。英米法は別名・前例法と言われ、裁判は前例に従う。バカの一つ覚えで、これだけは覚えている。

 その後日本が大陸法から英米法国家に変ったのでなければ、どんな事件も法律によって裁かれなくてはならない。法律によって裁かれた裁判結果は前例として残って毎年発行される六法全書に記録され、以後の事件判定の基準となるから、あらためて人間がかかわって決めなくてはならない範囲は相当にせまい。これは法律に玄人の裁判官や、検事や、弁護士がかかわって結論を出すべきものだ。そこになんで素人が裁判に参加して意見を言う必要があるのか、まったく理由がないのだ。聞くところによると、アメリカの弁護士に日本で仕事をさせたいアメリカが、日本に圧力をかけて、裁判員裁判制度を導入させた、という噂がある。

 もしこれが事実とすれば、日本は外圧に屈して節を曲げたことになる。国家の主権をこんな僅かな官僚の判断に任せて変更していいものか、決めていいものか、私は非常に疑問に思う。□

(写真はネットから借用)

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