tokyokidの書評・論評・日記

tokyokid の書評・論評・日記などの記事を、主題に対する主観を明らかにしつつ、奥行きに富んだ内容のブログにしたい。

日記200925・退屈しのぎのなぞなぞ

日記200925・退屈しのぎのなぞなぞ

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 仲間どうしで小旅行をしたときなぞ、ちょっと間があくことがある。そんなときは退屈しのぎになぞなぞか小噺をやるのがいい。で、そんなとき使える三題噺。

Q1・bank は「銀行」のことでもあるし「河川の堤防」であることもある。なぜか。】

1・銀行や保険はローマ時代から始まった。最初の銀行業務は大部屋に大きな机をはさんで銀行員と客が長いテーブルをはさんで腰掛け、業務をこなした。そこから銀行の意味が生じた。bankとはもともと堤防の意で、せまくて長い、つまり堤防のことであった。

【Q2・tank は「大きな容器」のことであるが「戦車」のことも指す。なぜか。】

2・戦車は第一次世界大戦のとき英国で発明された。工場から港に自走させるとき沿道の観衆が「あれはなんだ」と騒ぐので機密保持のために「あれは容器(tank)だ」と説明したのがその後も戦車の意味になった。もとは容器の意味。

【Q3・park は「公園」であるが「駐車場つまりいまのパーキング」を意味する。なぜか。】

3・欧米の街には街の中心部に広場があって、そこが公園であったり市役所などの共同施設が作られる。昔ローマ軍が欧州各地に攻め込んだときに、街に入ると軍隊はただちに中心の広場を占領し、そこに戦車(chariot)を待機させた。そこから本来公園である park に駐車の意味が加わった。

そんなこと知っているよ、と言われる方も多いと思う。お粗末でございました。□(写真はネットから借用)

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日記200910・もしもギターが弾けたなら

日記200910・もしもギターが弾けたなら

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 みなさま、こんにちは。また舞い戻ってきました。こんどは「一の日」ではなく「不定期」になりますが、よろしく。

もしもギターが弾けたなら、ぼくのテーマ曲が決まりました。前にもブログに書いたことのある Red Rose Café です。まず聴いてみてくださいな。

 

1.https://www.youtube.com/watch?v=23nI0q9R8lE

2.https://www.youtube.com/watch?v=PNDbWOljBTI

3.https://www.youtube.com/watch?v=_j6i_I4dJXM
4.https://www.youtube.com/watch?v=J175-A5kyA8

5.https://www.youtube.com/watch?v=N9q1tMaTxCM

 

みなさま、コロナを拾わないように、しかし毎日楽しく暮らしましょう。

(写真はネットから借用)

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日記200711・男の胃の腑

日記200711・男の胃の腑

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 男は女の心をつかむためには何でもやる。殺人さえ犯すことは読者諸賢がよくご存じのとおり。もっともつかまえてしまえば「釣った魚にエサはいらない」とほざくヤカラが多いのも事実だがね。

 では女が男をつかまえておくにはどうすればいいか。男の胃の腑をつかまえればいのである。これが最短距離。保証する。だが女はうぬぼれが強いから、胃の腑をつかまえなくても髪の毛で繋ぎ止めておけばいいと多寡をくくる向きも多かろう。もちろんそれで済めばいいのである。

 一昔前までは、夫婦というものは、男がソトで稼ぎ、女は家を守っていればそれでよかった。世の中が変ってそうも言っていられなくなった。いまは男も女も自由に外を出歩くから、結婚したあとといえども、互いに互いを引き留めておかねばならぬことになった。そこで女も男をなんらかの方法で繋ぎ止める必要がでてきたわけだが、世の中の女のどれほどがその事実を把握しているだろうか。

 ま、男は女の生涯が終るまで充分な資金を用意しなくてはならない。女はその間、男の胃の腑をぎゅっとつかまえておかなくてはならない。そうでなければ、男はのこのことほかのみめ麗しきおなごの後についていってしまう。その傾向と対策をご伝授申し上げているつもりなのだが。余計なお世話であればそれに越したことはない。□(写真はネットから借用)

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日記200701・二回目の東京オリンピック

日記200701・二回目の東京オリンピック

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 新型コロナウィルスで2回目の東京オリンピックが来年に延期になったのはご承知のとおり。ついでながらなんで日本では「新型コロナウィルス」というのだろうねえ。戦争を仕掛けられては困るから外国のように明確にそして正確に「武漢肺炎」といえないのかねえ。さりとて情ないことだ。

 で、オリンピックのことだが、日本政府も政府なら国民も脳天気だ。この国は国家予算15年分の世界一の大借金がありながら、まだ余計なお祭りをしてカネを浪費しようというのか。いまあちこちから「そろそろ政府は国民の銀行預金凍結を考えているらしいぞ」の声が聞かれる。いまの実質ゼロ金利が逼迫して何%でも金利を支払わねばならなくなってごらん、たちまち日本の国家予算は吹き飛ぶ。そして国家による個人財産の奪取が始まる。それがイヤなら、さっさと大借金を返すことだ。

 そもそも新型コロナのせいでオリンピックを来年に延期したのも、すでに決まった予算を消化するためとしか思えない。「いつまでもあると思うな親とカネ」。日本は日本の先人の知恵に学ぶべし。そして2回目の東京オリンピックの開催は「自分の財産を保全するため」と割り切って、大借金の返済にいそしむべし。□(写真はネットから借用)

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日記200621・三日目、三週間目、三か月目

日記200621・三日目、三週間目、三か月目

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 そろそろ五月病の季節か。よく新入社員がせっかく入社した会社を辞めるのが、入社して三日目、三週間目、三か月目というあれだ。

 だいたい今の若い人は肝が坐っておらん。それに他人の話を聞く雅量がない。そう躾けられていないのだ。赤ん坊のときからあまやかされて「ええわ、ええわ」で育てられてきたからこうなってしまったのだ、と私は見ている。違うかな?

 肝の座り方からいうと、何に対しても覚悟がない。覚悟どころか見通しもない。そして我欲だけは強いから、自分のやりたいことだけしかやらない、できない。やる気すら起きない。起こそうとしない。なにがどうなっても他人のせいであって自分がその原因を作ったなどとは夢にも思っていない。他人の話を聞く雅量に至っては申すも愚かな事、だいたい会話をしない。仲間内で符牒のような言葉のやりとりをするだけで実のある会話などない。のっけから彼ら仲間内すら信用していない。

 こうしてモヤシみたいなウドの大木が出来上がって、別にむずかしい試験もなくて卒業証書を貰って就職して、そして三日目、三週間目、三か月目に辞めていく。先の見通しも立てずに。まだ「非常時用の一ヶ月の月収分の貯金」もできていないのに。

 そして「フリーター」という名の高等遊民となり下がり、親のスネを食らって一生過ごす。「結構なご身分」とはこのことだ。

 自分のやりたいことだけをやって生きていかれるなら、こんな楽なことはない。いまは日本人全体がそれを目標に生きる時代なのだろう。問題はそのうちどれほどが、終生自分のやりたいことを貫き通せるかだが。□(写真はネットから借用)

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日記200611・18合って?

日記20061118合って?

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 テレビで北海道の大家族を取材していた。なんでも育ち盛りの12人だかの子持ちだそうだが、アナウンサーが「夕飯にはお米を何合炊かれるのですか」と質問したら、そこの奥さんは業務用の大きな電気炊飯器を前に「18合です」と答えた。私は目を剥いた。言うに事欠いて18合はないだろう、そういう場合は「18合」と言うんだろう、と心の中で思いながら。だがいまでは昔の日本古来の度量衡の言い方まで変ってしまったらしい。そうは言っても下の業務用炊飯器は「3升炊き」となっているが。

 戦後割合すぐ古い度量衡が廃止されてメートル法が施行されたとき、米はそれまでの容量単位から重量単位に変った。それまでは米の基本単位は1俵つまり4斗であった。1斗は10升、1升は10合、1合は10勺であるから、計算上18合を18合というのは誤りではない。慣用上そう言わなかっただけだ。

 いまは昔の1俵に当るのが60キロの紙袋だ。昔はたわらの一俵を大の男が担ぎ上げることができなければ一人前と見なされなかった。いまではこの60キロ紙袋だろう。キミは60キロの米袋を担げるか?

 話変って、江戸時代の武士の俸給は米だった。一石というのは10斗のことであるから、俵で換算すると2俵半、なのだ。江戸時代でいうと、1万石以上を大名といい、自分の領地を直接治めていた。いわゆる封建制度だ。それ以下のたとえば幕府の高級役人はたとえば8千石などと高給を貰っていた。たとえば池波正太郎の「鬼平」に出てくる火付改方長官・長谷川平蔵は実在の人物であったが、俸給は400石だったといわれる。たった400石で当時の首都の江戸の治安を僅かな手勢で守っていたわけだ。いまの役人の数に比べてその少なさに驚くほかはない。先日東海道の島田宿の陣屋跡に行ってみた。そこの立札に「江戸時代島田宿の役人はなにがしで、俸給は150俵、とあった。東海道の要衝である大井川の東側の島田宿をわずか150俵の幕府の役人が守っていたわけだ。150俵を石数に換算すると、1俵は4斗だから600斗、1石は10斗だからこの人の俸給はわずか60石であった。当時は200石以下の俸給の武士は「お目見得以下」といい、将軍に直接会うことはできなかった。そんな下級武士が島田宿を守っていたのであった。

 するとこの北海道の大家族は、江戸時代であれば、18合×365日=6570合つまり6.6石余となり、夕飯だけでこうだから諸雑費入れてエイヤッと倍の14石に近いと仮定する。14石は約33俵であるから島田の宿役人の俸給はたった150俵といえども現在の北海道の大家族の5倍の収入があったことになる。当時の庶民の暮しとくらべればずっとゆとりがあるように思われるが、果たしてどうだったのだろうか。□(写真はネットから借用)

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