tokyokidの書評・論評・日記

tokyokid の書評・論評・日記などの記事を、主題に対する主観を明らかにしつつ、奥行きに富んだ内容のブログにしたい。

日記190621・短い駅名

日記190621・短い駅名 前々回にスペルの長い英単語の話をしたから、こんどは短い駅名の話をしよう。東京・山手線の駅名で、ローマ字で書くと一番短い駅名がある。どこか。 山手線にはご覧のとおり現在29駅ある。これに近々「高輪ゲートウエェイ」という妙な…

日記190611・助六寿司

日記190611・助六寿司 助六寿司の名前の由来を知っているかい? ま、それはあとのことにして、私は昼飯を食いたいが量はあまり食いたくない、というときに助六寿司弁当はぴったりだと思っている。お稲荷さんと海苔巻きと、たいていは刻み生姜漬が入っているあ…

日記190601・Supercalifragilisticexpialidocious

日記190601・Supercalifragilisticexpialidocious あなたがご存じの英語の単語で、いちばんスペルの長い単語はなんだろうか。私の高校生の頃の答は notwithstanding だった。 ところで同じ質問をアメリカ人にすると、たいてい題名にある単語を言う。意味はど…

日記190521・ホンダジェットと三菱MRJ

日記190521・ホンダジェットと三菱MRJ 自動車メーカーのホンダが自家用七人乗りのジェット小型機を作るというので、飛行機後進国の日本国民の一人としては非常に期待したものだが、ホンダは期待にたがわず、立派に仕事をしてのけてくれた。聞けば昨年の販売…

日記190511・アンクル・サミー

日記190511・アンクル・サミー 日本ではちょっと美人だと、またはちょっと有名だと、それだけであとはなにも芸がなくてもすぐ芸人として通るが、アメリカではそうはいかない。芸人であるからにはまず個性がなければならない。芸もなくてはならない。マドンナ…

日記190501・ペニック・アイリーンと第三の男

日記190501・ペニック・アイリーンと第三の男 君はだいぶ前の洋画で「第三の男」を覚えているか。そう、第二次世界大戦直後のウィーンで、アメリカ製の当時の新薬ペニシリン(抗生物質)が水増しされて密売され、投与された大勢の子供がそのために不具になっ…

日記190421・理屈に合わない裁判員裁判制度

日記190421・理屈に合わない裁判員裁判制度 日本に裁判員裁判制度なんてあってたまるか。これは司法当局の怠慢以外の何物でもなかろう。単にアメリカの圧力に屈して、日本では要りもしない裁判員制度を取り入れさせられただけだろう。 私は民法の授業で覚え…

日記190411・え、オブラート?

日記190411・え、オブラート? いまの日本人は約四割しかオブラートを認識できないらしい。六割はオブラートを見たことも聞いたことも食べたこともないらしいのだ。これは昨年末のテレビ朝日のニュース番組で、街頭で実際に食べさせてアンケートを取っていた…

日記190401・伝統川柳協会の句集最優秀賞受賞

日記190401・伝統川柳協会の句集最優秀賞受賞 2019年4月1日 緊急のご報告です。昨年末「わたしの川柳・狂歌・都々逸選集」を上梓したことはご存じと思いますが、さっそく今年度の「伝統川柳協会の句集最優秀賞」に選出されましたのでお知らせ申し上げます。…

日記190321・もじり英語

日記190321・もじり英語 かなり古典的だが面白い話が「お言葉ですが(4)猿の休暇・高島俊勇著・文春文庫」に載っていたのでご紹介する。高島センセイもこの著書で、昔の話として紹介されているのだが、いまどきの若い読者諸賢に通用するかどうか、はなはだ…

日記190311・Red Rose Cafe

日記190311・Red Rose Cafe 「もしもピアノが弾けたなら」のひそみにならって言うなら、私が喫茶店を開く機会があったとしたら、店名を「Red Rose Cafe」にしたい。もちろん店のシンボルは真紅のバラでテーマカラーは真っ赤なバラの色、そしてテーマ音楽は A…

日記190301・卒業、The Graduate

日記190301・卒業、The Graduate 今月は卒業の月だ。だがアメリカ映画の「卒業・The Graduate」はたしか1967年頃の封切り映画で、アン・バンクロフト主演、脇をダスティン・ホフマンとキャサリン・ロスで固めたカラーのシネスコ映画であった。監督のマイク・…

日記190221・タミフル服用記

日記190221・タミフル服用記 二月初旬、五駅ほど電車に乗って用足しに出掛けた。発車間際に若い女が乗ってきて私から四席くらい離れたところに座った。あきらかに風邪を引いていて、派手にゴホンゴホンと大きな咳を連発していた。ひどい咳だった。にもかかわ…

日記190211・ローストビーフ談義

日記190211・ローストビーフ談義 作家の檀一雄は料理好きで知られた。この人の著書に「檀流クッキング(中公文庫)」があり、計量を一切記載しない男の料理の数々が披露される。なに実際にこの本の示すとおりに数々の料理を男の私が作ってみれば、ちょっとし…

日記190201・慶応大学病院の思い出

日記190201・慶応大学病院の思い出 東京・信濃町にある慶応病院には、忘れられない戦後すぐの記憶がある。昭和21年の暮のことだったと思う。敗戦からまだ一年ちょっとしか経っていなかった。 その日私は小学校の5年生だったと思うが、母に言いつけられて一斗…

日記190121・女のおしゃれ

日記190121・女のおしゃれ 女性は美しくなければならない。心も外見も。老いも若きも。その上自分の個性もそれとなく主張しなければならない。 日本人はよほど群れるのが好きなのか、それが安心できるのか、ファッションもみんなと同じ、右へ習え、だ。黒い…

日記190111・今年のおせち

日記190111・今年のおせち どちらさまも同じだっただろうが、昨年は9月末くらいから拙宅におせち料理の勧誘広告が DM で舞い込んだ。HP でもこの種の広告がずらり並んだ。いくら近年みな気が早くなったといっても、これは常軌を逸した季節外れの早さだった。…

日記190101・明けましておめでとうございます

日記190101・明けましておめでとうございます 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。 日本人なら年の初めはこう言わなくては気が済まない。いやさ、気持ちが悪い。最近は朝夕の挨拶はしないし、目を合わせても目礼もしない人が…

日記181221・今年のクリスマス

日記181221・今年のクリスマス 私も八十ン年の生涯にわたって毎年クリスマスを見てきた。もう戦前のクリスマスの様子を覚えている人は少なかろう。戦前のクリスマスは、教会で集まるだけだった。その場合信者同士のプレゼントの交換はあったように思う。それ…

日記181211・ステーキ談義

日記181211・ステーキ談義 師走だからといって景気悪い話ばかりでは気が滅入る。うまい話もしよう。今回は私がご馳走のひとつに入れるステーキの話だ。日本人には比較的馴染みの薄いローストビーフもいずれ言及する機会もあるだろう。きょうはステーキだ。 …

日記181201・二十万欲しい

日記181201・二十万欲しい 年の瀬を控えて切実な話である。昔買物は「掛け買い」が普通だった頃、掛け買いのできる家庭の支払いは年二回、盆と暮だった。したがってたいていの商人の大晦日というものは掛け取りに走り回って、家に落着くのが夜中の12時、つま…

日記181121・テレハラ

日記181121・テレハラ このところまたよく勧誘電話がかかってくるようになった。いわゆる詐欺電話ではなくて、当方には用もない化粧品などの売込み電話である。 先日の女勧誘員がしつこく電話してくるので、とうとう家内が扱い兼ねて私に電話をまわしてくる…

日記181111・筍、鶏卵、鳥肉

日記181111・筍、鶏卵、鳥肉 いったい今の人は「親子丼」の意味がわかっているのだろうか。最近そんな疑問が湧いてきた。 三題噺めくが、この間テレビのバラエティー番組を見ていて仰天した。その番組に呼ばれるゲストは、東大ほか官学在学中の俊優大学生と…

日記181106・はるばる来たぜ函館へ(続)

日記181106・はるばる来たぜ函館へ(続) 函館に来たのがそんなに嬉しいか、なぞと言ってくださるな。変り易いのは女心に秋の空。私どもが滞在していたときにはこんなに天気が良かったのだが、帰京したら途端に函館は寒くなって冷たい雨が降った。私どもは今…

日記181031・はるばる来たぜ函館へ

日記181031・はるばる来たぜ函館へ それが実は「はるばる来た」という気がしないのである。先日新幹線で函館へ行ってきた。ことの起りはアメリカからレールパスを持った友人が拙宅に泊りにきたことからだ。せっかく日本全国を JR で回ることができるパスを持…

日記181021・ゆとりーとライン

日記181021・ゆとりーとライン 名古屋に「ゆとりーとライン」と称する軌道型定期路線バスがある。写真でおわかりのとおり、街の道路上にバス専用軌道を作って、その上に路線バスを走らせる。鉄道よりも簡便でかつ車体も軽いから、建設費もメンテンナンス費も…

日記181017・【臨時号】 八十路過ぎても

八十過ぎても 日記181017・【臨時号】 八十路過ぎても 本日からブログの方式が変りました。画面も変りましたから、読者諸賢におかれましても容易に認識なさったことと思います。ですが読者諸賢の操作はいままで通りです。読者諸賢の設定はなにも変える必要が…

日記181011・カステラ一番

日記181011・カステラ一番 敗戦から73年が経った。その戦後五年ほど経ったころだろうか。街頭にテレビ受像機が据え付けられて、人がたかって見るようになった。その頃はもちろんモノクロである。同時に民放も始まって、それまで国営の NHK 一辺倒だった放…

日記181001・PDCA

日記181001・PDCA 前回に引続きローマ字の四字熟語で恐縮だがご勘弁を願いたい。近頃は若い者が「夢、夢」と騒ぐ。夢を持っていない者はまるで人生の敗残者と言わんばかりだ。果してそうだろうか。 ★夢なんて寝て見るものさ幻さ(謝) という川柳もある…

日記180921・JSKS

日記180921・JSKS 私がまだ現役の頃、勤務先の都合で英国に駐在していたことがあった。1977年頃のことだが、次のような出来事があった。 ロンドンのヒースロー空港でのこと。場内のターミナルビルはいくつかあって、私たちは乗換えのためにほかのターミ…