tokyokidの書評・論評・日記

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書評・常紋トンネル

tokyokid2006-12-05

書評・★常紋トンネル(小池喜孝著)朝日新聞社

【あらすじ】
 この本の副題には「北辺に斃れたタコ労働者の碑」とある。極寒の地・北海道開発に狩り出され、タコ部屋と呼ばれる鍵のかかった飯場に収容され、ときには鎖に繋がれて、北海道の鉄道や道路などのインフラ建設で死ぬまで酷使され、死んだあと葬られることもなく、工事現場の穴に放り込まれた多数の「タコ」と呼ばれた労働者の実態報告書が本書である。著者の小池喜孝は1916(大正5)年東京に生まれ、2003(平成15)年に亡くなった。享年87歳。出版社勤務のあと北海道・北見市で高校教諭をつとめ、地元の地域民衆史掘りおこし運動を通じて得たデータをもとにこのノンフィクションを書き上げた。文中で指摘される事実関係や、描写される「労働」の実態は、資料や聞き取り調査に基づく。「戦前」という現代にも奴隷以下の労働を強制されて、死んだというよりも、殺された人が数多く存在した事実を明らかにした本。
【読みどころ】
本書は「タコ労働と北海道開発」「タコ労働の実態」「タコ労働の歴史掘りおこし」の三部分からなる。本書の巻末の「タコ労働関係年表」によると、タコ部屋の発生は明治23年(1890)で、戦後の昭和22年(1947)に「労働基準法職業安定法公布」をもって(年表も、恐らくはタコ労働そのものも)終っている。北海道の本格的な開拓は、明治に入ってから始まり、ほどなくタコ部屋が発生し、残酷極まりないタコ労働の状態が、半世紀以上にわたって太平洋戦争の敗戦まで続いたわけだ。本書によると、北海道のタコ労働に従事したのは、強制連行された朝鮮人や中国人だけでなく、大勢の日本人もまたタコとして働かされ、殺されたり死んでいったりしたのだ。全編を貫く残虐なシーンの数々を紹介するのがこの書評の目的ではないので、詳細は本書で読んでいただくしかないが、たとえばリンチひとつをとっても、人間の人間に対する仕打ちとは到底思えない残虐さのオンパレードだ。病人や脱走者に対するリンチでも、死ぬまで徹底的にやり、タコ労働者が死ねば、雇用者側は労働者の貯金があればそれを没収し、本来満期になれば支払わねばならない出発地までの旅費を支払わなくて済む、という悪逆非道ぶりである。搾り取られるほうも、厳重な警戒を脱け出して、平均二割の脱走者がいたという。もちろん捕まった場合は、死ぬまで折檻された。その折檻の方法は、言語に絶する。本書では約60年間続いたタコ部屋制度の成り立ちを次の三点に要約している。ひとつは「拘禁労働である」ということ。すなわち労働者の自由はない。次は「土建業特有の下請け制度」なので、下請けは元請けから契約で縛られるからタコ労働者を酷使するほかに契約どおり工事を仕上げる方法はないのであり、三番目は「前借金による誘拐や暴力による人集め」ということだ。本書に描かれる「周旋」と呼ばれるだましの募集手口、タコ人夫が働く(または働かされる)タコ部屋制度、タコ労働者を生命の続くかぎり強制的かつ効率的に働かせる制度とその運用など、これが実際にあった話かと、読者はみずからの目を疑うに違いない著述が続く。しかも「タコ部屋があればまた行く」という人もいたというし、「一晩の遊興費のために、半年飯場に戻ってタコ労働をするほうを選んだ」人もいたというから、これは「驚く」というより、この人たちの考え方はもはや理解を超えた現象と思うしかない。搾り取るほうも、搾り取られるほうも、人間とはいかに不思議な動物であることか。
【ひとこと】
 本書の題名の「常紋トンネル」とは、いまでも石北本線旭川〜網走間)の北見の近くにある。常呂紋別の郡境にあり、それほど長いトンネルではない。でもその工事には多数の犠牲者を出したが、埋葬もされないし葬式も出なかったという徹底ぶりであった。わずか500メートルほどのトンネルの工事で、百数十人が犠牲になり、トンネル付近に埋められているという。それで常紋トンネルは幽霊が出るトンネルとして有名であった。著者はここから書き起こして、当時を知る人を訪ね歩いて情報を集め、このドキュメンタリーを完成させるわけだが、借金をする者は死ぬまで搾り取られる仕組みといい、いったんタコ部屋に入れられたら一週間以内に脱走しなければそのあとは体力が落ちて脱走できなくなるという苛酷な労働条件といい、なにが起きても下請けから元請けには累を及ぼさない契約という名の、国や大企業や組織には徹底的に有利な隠れ蓑など、平成の現在でも、形こそ変わっていても本質は同じシステムが、いまだに生き続けている事実に目をつぶることはできない。個人がいちど借金をしてしまうと、高利のために、返却しても返却しても借金は減るどころか逆に増えていってしまうシステムが実際に存在するという事実は、いまも昔も変わらないのではないか。
【それはさておき】
本書は北海道の「タコ労働者」について言及した本だが、明治維新とそれにつづく北海道開拓時代には「囚人」による別の労働もあって、それは「苛酷」という言葉さえ甘い響きを持つのではないかと思われるような、絶望的な労働形式であったという。建前上「タコ労働者」は契約による就労だったが、「囚人」のほうは、当時の明治維新政府にタテ突いた政治犯が多数含まれており、これらのなかには、維新前までは指導者階級であったり、学者であったりした人が、新政府と衝突したばかりに、政治犯として北海道の当時の「集治監」つまりいまの刑務所に送られ、極寒の地で冬足袋も履かされず、室内には火の気もないという状況で道路や灌漑用水路の建設に狩り出された人たちがあったことも忘れてはならない。だから「タコ労働者」のなかには、まだ刑務所のほうがマシだということで、わざと見回りの警官の前で、同業のタコ労働者を殺して(つまり殺人事件を自分から起こして)逮捕され、すこしでも身体に楽をさせられる刑務所に首尾よく?鞍替えした話も本書に収録されている。いずれにしても生死ギリギリの労働環境であったわけだし、べつの見方をすればすべて狂気の沙汰でもあったわけだ。たしかに平成の現在、タコ部屋そのものは存在しなくなった。でも形を変えて組織が個人を搾り取るシステムはそのまま残っているし、他国を見れば、この狂気の沙汰が国家規模で個々の国民を縛っている現状も認識することができる。でなければ借金を苦にして、これほどの自殺者がでるわけはないし、形を変えた遊廓が残っているわけはないし、またインターネットなど最新機器を使った詐欺事件がニュースを賑わすこともないし、飢えた国民を抱えながら核技術の開発推進をする国もないだろう。われわれは時間の経過にだまされることなく、賢くなって、ものごとの(表層だけではなく)本質を見抜く目と、対策を考え出す脳と、対処する手を持たなくてはならない。□