tokyokidの書評・論評・日記

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コラム・わたしのアメリカ観察 20

tokyokid2012-06-01

特殊な国アメリ

 アメリカはソ連が崩壊した現在、世界で唯一の超大国であり、世界中を見回してみても類似の国はない。アメリカはある意味で特殊な国なのである。ま、国としての違いうんぬんは、政治の話になって、アメリカではパーティで政治と宗教の話はするな、といわれるくらいであるから、このような大上段に構えた話は筆者の任ではない。では庶民の目からみて、あるいはふだん気の付かない細かいところで、どのようなところがアメリカは特殊なのだろうか。
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 面白いことは、同じ言葉を使っていても、その定義が他の(旧世界の)国々と違うところが案外たくさんある。また同様のことが、日常生活のなかにも結構見出すことができる。例えば毎日使っている用紙のサイズでいえば、アメリカでいうところの「レターサイズ」の寸法は、厳密にいえば欧州・日本で使う「A4サイズ」とは同じではない。わずかにレターサイズのほうが天地が短く、幅が広い。ちょっとしたことであるが、アメリカの用紙の規格は違うのである。
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 メートル法は、一八七五年に各国が参加して締結した国際条約であり、このとき日本もアメリカもこの条約に参加している。ところがアメリカでは21世紀のこんにち、いまだにメートル法は実施されていない。距離の単位についていえば、アメリカはマイルであり、欧州・日本はキロメートルである。長さの単位もインチとセンチで違うことは大方ご承知のとおり。つまり度量衡の世界では、アメリカだけが十進法でなく、違う単位を使っているのである。メートル法ヤード・ポンド法との違いである。つまりアメリカは度量衡では「我が道を往く」態度をつらぬいているのであり、他国の「非関税障壁」の非を鳴らすことには性急だが、自国の国際条約の実行に関しては関心が極端に薄いという特殊性を持続している。
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 もうちょっと複雑な例でいえば、なぜか貿易用語の定義の違いがある。「FOB」といえば「Free On Board」で、世界貿易実務の基礎となる「統一商業法典」によれば「輸出港渡し」のことであるが、アメリカでは「工場渡し」を意味する。前掲の統一商業法典の定義でいえば「Ex-Factory」に当る。アメリカは広いから、アメリカ独自の定義を持たざるを得なかったということであろうが、このような事情によって、国際貿易の書類はアメリカだけ別扱いで考えないと実情に合わないことになっている。
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 さらにいえば、アメリカは「新しい」ことに価値を置く国である。その点欧州では、伝統や永続性・不変性に価値を置くから、アメリカとはスタンスが異なる。戦後の日本はひたすらに「アメリカ追従」である一方、明治維新以来欧米に追い付き追い越すことを国是にしてきたから、多少は英国・ドイツ・フランスなど欧州の影響も受けている。でも第二次世界大戦で日本が負けたあとでは、圧倒的にアメリカの影響が強まり、アメリカ一辺倒で、したがって価値観もアメリカと同じようになった。「新らし物好き」もそのひとつであるが、国力がこれほど違う日本がアメリカの真似ばかりしてどうするのかと思うのだが、日本としての方向性はまだ出ていない。□