tokyokidの書評・論評・日記

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書評・スローカーブを、もう一球

tokyokid2007-07-26

書評・★スローカーブを、もう一球(山際淳司著)角川文庫

【あらすじ】
 この本は「スポーツもの」に分類される。内容は、高校野球に題材を取った「八月のカクテル光線」、プロ野球屈指の大投手・江夏の勝負を描いた「江夏の21球」(スポーツ雑誌・ナンバー創刊号掲載の短篇ノンフィクションで著者のデビュー作)、自分ひとりでも出場の機会があると思った津田真男のボート、シングル・スカルでの闘い「たった一人のオリンピック」、ふとしたきっかけから高校野球からプロ野球に入った「背番号94」、シティ・ボーイのボクサーの物語「ザ・シティ・ボクサー」、バドミントンからスカッシュに鞍替えした「ジムナジウムのスーパーマン」、弱小高校野球部のピッチャーとカントクを描いた「スローカーブを、もう一球」(第八回日本ノンフィクション賞・受賞作)、そして棒高跳選手の「ポール・ヴォルダー」の八篇。
【読みどころ】
 山際淳司は一九四三(昭和十八)年生れ、一九九五(平成七)年没。肝不全による四六歳の早すぎた死であった。スポーツものは、根性を強調するか感情に走るか、いずれにしても平静を保った平叙文で綴るのがむずかしい主題だが、山際淳司はいかにもノンフィクション作家らしく、冷徹に主題を記事にした。上記の「江夏の21球」がスポーツ雑誌「ナンバー」の創刊号を飾り、認められ、そして「スローカーブを、もう一球」で日本ノンフィクション賞を受賞した。
【ひとこと】
 スポーツはドラマである。スポーツのノンフィクションを書くなら、主人公のインタビューと試合の経過は落とせないだろう。ただたとえば野球好きが野球を記事にするとき、書き手の感情移入が多ければ多いほど、皮肉なことに読み手は興味を失ってしまうケースが多い。そこを冷徹な目で記事にする人はいないのか。アメリカのスポーツものには、書き手の冷徹な目がある。書き手のプロらしく、そのスポーツに通じ、選手の実力を分析する訓練も行き届いている。もちろん選手を見る温かい目もある。軽い風刺と冗談と。そのようにして日本人が日本のスポーツを描いてみせてもらえないものか。評者は永らくそう願っていた。そして「願ってもない」書き手が現れた。だがこの書き手は、早すぎる死を皆に残念がられながら、人生半ばで逝ってしまった。だれかあとを継ぐ人はいないものか。
【それはさておき】
 もう少し経ってから、それぞれの立場でメジャー・リーグを経験したイチロー松井秀喜のノンフィクションを書いてもらいたかった山際淳司はもういない。□