tokyokidの書評・論評・日記

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書評・理科系の作文技術

tokyokid2007-05-29

書評・★理科系の作文技術(木下是雄著)中公新書

【あらすじ】
 本来この本は、自身物理学者であるところの著者が、(本来それほど頻繁に文章を書く習慣のない)理科系の人が必要にせまられて文章を書く際の注意事項をまとめたものと思われる。著者は東京大学理学部物理学科卒業で、長らく大学教授であった人であった。ともすれば独善的な「・・・・であるべき」の「べき論」に終始するはずのこの種の本であるが、本書にはそのような趣きは微塵もなく、徹底的に「分りやすい文章」を書くノウハウを実例に沿って伝授しようとしているところにその価値がある。同時に、しかつめらしい教科書風の記述ではなく、読物風にいろいろな経験などを引用しながら書いてあるので、読者は知らず知らずのうちに、分りやすい作文技術を習得してしまうことになる。本書自体、説得力のある文章の見本である。
【読みどころ】
 まず著者は、この本で目標とするところの作文技術が、すでに英国のチャーチル首相が部下に指示した内容のメモに盛られていた実例を示す。その上で文章を書くための準備作業から、文章・パラグラフの立て方、「はっきり・わかりやすく」書くコツ、そして執筆に際して作るメモの作り方、文書形式が手紙・説明書・原著論文の場合はどうしたらよいか、から、学会講演のやり方に至るまで、懇切丁寧に指導する。たとえば最後の学会講演の項では、講壇に立って話すときの心構えから、スライドの原稿やさらに自分が手持ちするメモの内容に至るまで、いちいち実例をもって、そして自身の経験を交えて懇々と説く。さすが技術系の著者だけあって、とくに単位や数式の表現に関する記述など、評者のような部外者が読んでも「なるほど」と連続して合点することしきりである。当事者にとっては、これほど具体例に富んだ示唆に富んだ参考書はまたとないのではないか。
【ひとこと】
 世に名の出た作家方による「文章作法」の本はゴマンとある。名文を書こうとするなら、それら作家の先生方の文章作法も学んで得るところは大きいに違いない。でも本書は「はっきり・わかりやすく」文章を書くことに主眼を置いているので、作家の文章作法とはおのずと目的が異なる。そのところを理解して、その必要を認める読者が本書を活用すれば、効用は限りなくあるものと思われる。巷間よく目にするところの、作文した人または講演した人は首題の内容がよくわかっているのだろうが、読まされたほうまたは聞かされたほうは、もうひとつはっきり内容がつかめない、という事象が防げること請合いである。これこそが本書の狙いなのであり、その狙いは正確に的を射ているのである。著者は本書の30頁の「文章の組立て・記述」の順序のなかで、ぬかりなく「起承転結」を王維の漢詩「送元二使安西」(渭城の朝雨軽塵をぬらす・・・)の七言絶句を例に使って説明する。素人にはむずかしいようなことだが、著者に言われると、起承転結をつけることによってはっきりとわかりやすい文章を書くことができると、自信を持つことができるだろう。
【それはさておき】
 この本にはエピソードがある。インテリア雑誌「室内」を主宰して、自身もすぐれた作家であった山本夏彦は、編集部に新入社員が入社してくるたびに、かならず本書を一冊贈呈していたという。そのことを聞いて以来評者は、ならばこの本は理科系の人のみならず、文科系の人に対しても「分りやすい」文章を「はっきりと」書くためのいいガイドラインを示しているのだ、との信念を持って人に薦めるようになった。学術論文のみならず、他人さまに読んでもらう文章を書く立場にある人にとっては、必読の文章作法の書である。□