tokyokidの書評・論評・日記

tokyokid の書評・論評・日記などの記事を、主題に対する主観を明らかにしつつ、奥行きに富んだ内容のブログにしたい。

書評・アーロン収容所

tokyokid2007-04-26

書評・★アーロン収容所(会田雄次著)中公文庫

【あらすじ】 
 著者の会田雄次は一九一六(大正五年)生れ、一九九七(平成九年)没。京都帝国大学史学科卒業。京都大学教授であった。昭和十八年に応召、ビルマ戦線に参加し、英軍の捕虜となって、敗戦後約二年間、ラングーンに抑留された。本書は英軍管理下における捕虜収容所の実態を、学者特有の冷徹な目で見た体験記である。戦争の勝者と敗者に分かれた特殊な環境下ということもあろうが、一般に紳士として知られる英国人の予想外の一面が鋭く描き出される。以下本書の目次から項目を拾ってみる。
「まえがき」「捕虜になるまで」「強制労働の日々」「泥棒の世界」「捕虜の見た英軍」「日本軍捕虜とビルマ人」「戦場と収容所・人間価値の転換」「帰還」「文庫版のためのあとがき」「解説・村上兵衛
 星霜移り、第二次世界大戦で実戦に参加した人たちの世代もほとんどが鬼籍に入った。二〇〇七(平成十九年)の今日、ごく少数ながら生存している人でも八十歳を超えていることだろう。いまから半世紀以上前に、敗者の側である日本人兵士(捕虜)が経験した英軍の捕虜収容所の話だからこそ、本書には希少価値があるというものだ。
【読みどころ】
 紳士の国の国民が勝者になるとどうなるか。それを赤裸々に書いたのがこの本である。勝者と敗者の関係において、敗者(この場合は捕虜)はもはやまったく抵抗ができない立場にある「もっとも弱い者」であるから、勝者はやりたい放題である。英軍の女性将校が、日本人捕虜が自室の床拭きをしている横で、全裸で身づくろいをするというのも、日本人にとっては奇想天外な行動であるが、たまにタバコをくれるにしても2,3本、それも手渡すことをせず、床に放って拾わせる、という(47頁)のも、そこまでやるか、という感じが残る。著者が聞いたK班長の話というのが凄まじい。以下引用する。
「ある日K 班長が、青ざめ、顔をひきつらせて濠州兵の兵舎作業から帰ってきた。聞くとかれは、濠州兵の便所で小便をしていると、入ってきた兵士にどなられ、ひざまずかせて口をあけさせられ、顔に小便をかけられたという。日本兵は便器でしかないという表示である。(71頁)」
濠州兵は英国兵ではないが、英兵とともに英連邦軍を構成する。それがこの始末である。著者によると、英軍兵士は捕虜に対して、(日本兵のように)殴る蹴るの暴力は振るわない、という。だが事あるたびに発揮される報復は陰湿で、見方によっては暴力よりはるかに効果が高い。本書には、著者が他隊の関東出身の日本兵捕虜から聞いた話として、以下の記述もある。
「英軍はひどいことをします。(中略)戦犯部隊とかいう鉄道部隊の人が百何十人か入っていました。(中略)食料が少なく飢えに苦しみました。あそこには“毛ガニ”がたくさんいます。(中略)アミーバ赤痢の巣です。英軍はカニには病原菌がいるから生食いしてはいけないという命令を出していました。兵隊たちも食べては危険なことを知っていたでしょう。でも食べないではいられなかったのです。みんな赤痢にやられ、血へどを吐いて死にました。水を呑みにいって力尽き、水の中へうっぷして死ぬ、あの例の死に方です。看視のイギリス兵はみんなが死に絶えるまで、岸から双眼鏡で毎日観測していました。全部死んだのを見とどけて、『日本兵は衛生観念不足で、自制心も乏しく、英軍のたび重なる警告にもかかわらず、生ガニを捕食し、疫痢にかかって全滅した。まことに遺憾である』と上司に報告したそうです。何もかも英軍の計算どおりにいったというわけですね」。
捕虜を飢えさせれば、毒ガニでも食うだろう。その手があったか。
【ひとこと】
 後世に残るのは、勝者の側からみた歴史だけ、といっても過言ではない。戦争の勝者の言い分だけが(多分に正義の仮面をかぶって)後世に残る。市民を大量虐殺した広島・長崎の原爆や、東京その他大都市の市街地大空襲や、東京裁判の記録などは、その最たるものである。本書は、敗者の側からみた歴史、といって悪ければ、ノンフィクションであるというところに価値がある。捕虜虐待の理由で戦後すぐ、多数の日本人BC級戦犯が東南アジア各国の現地に残されて処刑されたが、では勝者の側には捕虜虐待はまったくなかったのか。半世紀以上経って冷静に考えてみるならば、そんなことは有り得ないことがよくわかる。「紳士の国」の兵士でもこうなのである。人間は所詮同じ動物なのである。やり方が違うだけで、やることは同じなのである。
【それはさておき】
 本書は戦後すぐの、まだ戦争の興奮が冷めやらぬ時期の、戦争の勝者と敗者の行動に基づいている。戦争は誰をしも狂気に走らせる。いまわれわれが他人の痛さに思いを馳せ、必要によっては救いの手を差し伸べるのも、平和時だからこそである。いかに平和は尊いものであるか、改めて肝に銘じるほかない。日本はせっかく戦後半世紀にわたって戦争もせず、戦争で一人の人間も殺さなかったのに、二〇〇三(平成十五年)に小泉首相の手で国民の同意も得ずにイラク自衛隊を派遣し、あまつさえいまは第九条を含めて、日本国憲法の改定に乗り出そうとしているのである。日本人のひとりとして、評者はほかにもっと良い手があるのではないか、と疑ってしまう。
 もうひとつ蛇足ながら、日本人が英国のことを書いた、いまでは古典といえる別の本に、慶応大学の教授であった池田潔(故人)の「自由と規律(岩波新書)」がある。戦後間もなく出版された本で、民主主義の国・英国の教育はいかに素晴らしいかを縷々述べた本である。英国賛美のこの「自由と規律」と、勝者としての英国兵の日本人捕虜の扱い方を書いた本書、「アーロン収容所」を読み比べてみると、いずれの本においても英国人の意外な面が観察されて、興味は尽きない。以下蛇足の蛇足。
「便所につまった糞を手で掃除させるぐらい朝飯前であった。抗議めいたことを言ったある将校は、イギリス人から『日本軍はシンガポールでイギリス人捕虜に市の糞尿くみとりをやらせたじゃないか。その仕返しだ』と一喝された。『目には目、歯には歯』ということがイギリスのやり方の鉄則である。それは捕虜中の実物教訓でいやというほど悟らされた。(45頁)」
なにごとによらず相互主義は、自己正当化の最善の手段である。ここに日本人が学ぶべき点がある。日本人も日本国も、相手がしないことはしないのがいいし、相手がすることだけ当方も堂々とやればいいのである。□