tokyokidの書評・論評・日記

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書評・熟年性革命報告

tokyokid2006-09-30

書評・★熟年性革命報告(小林照幸著)文春新書

【あらすじ】
 一九六八年生まれの若い著者が、「毒蛇」で奄美、沖縄、台湾などで毒蛇咬症を、「死の貝」で日本では根絶した日本住血吸虫症を罹患する危険を冒してまで東南アジア諸国を中心に取材・検証したが、ある老人ホーム施設長から「高齢者の入所者の性の問題が悩みの種」と聞かされ、自分が老境に達したとき、「自らの性欲にどう向き合うことができるか」と自問した結果調査・取材を敢行し、成果を意識革命としてとらえ、上梓した真面目そのものの著作。帯の「とかく誤解されやすい中高年の性行動の本当の姿がここにある」というアピールが、そのまま内容を正確に表して余りない。
【読みどころ】
 高齢者の性行動に関して発せられる「年甲斐もない」「枯れるのがあたりまえ」という一種の神話がどれほど的外れな意見であるか、この本で報告される事例によって明らかにされる。たとえば第二章の「八十歳の援助交際」、第五章の「死ぬまぎわに見つけた初恋」などの実例は、上述の誤った神話を覆すのに充分な説得力をもつ。さらに貝原益軒の「養生訓」や厚生省編の「厚生白書」を始めとする、参考とされた数多くの学術論文は、上述の「臨床的」事例を学門によって真実性・自然性を裏打ちする役割を果たす。著者は介護経験で知った(高齢者層の)性の現実に対して、「QOL」つまりクオリティ・オブ・ライフの概念を導入する。そして老人ホームの新任寮母は卒業してきた短大や専門学校で「介護の中の性」についてはなにも教えられていない事実、にもかかわらず性について専門的に研究している学者からみれば「人間の脳がしっかりしていれば、いくつになっても恋愛はできるしセックスもできる。人間の性をコントロールしているのは脳であり・・・・・高齢者のセックスは心身の健康のバロメーターである」という見解も紹介している(第三章・生殖なき年齢の性科学)。決定的に重要な要因は脳がしっかりしているかどうかであり、そうならば年齢に関わりなくセックスに現役であってもなんら不思議ではなく、むしろこのことを真正面から取り上げないほうが理屈に合わないのだという著者の「遅れて来た」新説が鋭い。つまり健康な高齢者の場合、性の満足はQOLの向上に役立つ、のだ。
【ひとこと】
 アブナ絵的好奇心からこの本を手に取られた読者はたぶん拍子抜けすることだろう。でもいままでのステレオタイプ的「神話」に疑問を抱いていた向きは、この本を読むことにより、臨床的かつ学術的にみて、その疑問がごく自然であったと気づくはずだ。一部のゲームや週刊誌やビデオなどのメディアを引き合いに出すまでもなく、いまの日本の社会には「セックス情報」が氾濫しており、その露出度もかってなく高い。いまでは禁忌もごく少なくなったが、「中高年の性」の問題は例外で、この「中高年層」を性の考察対象から外しておく理由はなにもない。学問と臨床の両面からのアプローチによってその現状を明らかにした若い著者の意図を壮としたい。
【それはさておき】
「人の恋季はいつなりと猫問はば/なんと答へん面目もなし」。もうひとつ。「世の中に絶えて女のなかりせば/男の心のどけからまし」。いずれも読人不知。
(TVファン誌2002年10月号掲載原稿)