tokyokidの書評・論評・日記

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書評・東京アンダーワールド

tokyokid2006-08-26

書評・★東京アンダーワールド(R・ホワイティング著、松井みどり訳)角川書店

【あらすじ】
 昭和二十年(一九四五)の敗戦により焼け野原となった東京を舞台に、当時の進駐軍からスピンアウトしたニューヨーク生まれのイタリア系アメリカ人、元米海軍軍曹・ニコラ・ザペッティの目くるめく成功物語。彼の六本木のピザパイ・レストラン、ニコラスを背景にして、彼を取り巻く異常な人間模様と当時の東京アンダーグラウンドについて、日本国籍を取得したザペッティが一九九二年、七一歳で息を引き取るまで舞台回しをつとめて、歴史の裏に押し込められていた当時の東京の暗黒面をあばいた、日本通アメリカ人著者ならではの本。

【読みどころ】
 戦後すぐ、新橋や新宿などたくさんの駅前の盛り場にヤミ市が開かれていた。ぎっしりと人で埋まった当時のヤミ市を彷彿させ、誰が当時の日本の主役であったかが明らかになる。

【ひとこと】
 この本の腰巻は、主人公のニコラ・ザペッティを「ニッポンの闇を知る男、東京のマフィア・ボス」と銘打つ。これは歴史始まって以来の敗戦に打ちひしがれた日本の戦後すぐの混乱期を活写して余りない本だ。GHQ(総司令部)、各地駅前などのヤミ市、米軍兵士の性欲を満足させるためのRAA(特殊慰安施設協会)、ニューラテンクォーターやコパカバーナやミカドなどの巨大キャバレー、プロレス興行やロッキード事件、それに尾津喜之助、力道山、町田久之、田岡一雄、児玉誉士夫石井進、小池隆一など闇の世界の有名人や時の政治家などをちりばめて、奇想天外・波乱万丈ではあるが一面日本国民の誰でもが「こうではなかったか」と半ば予想していた事件のかずかずを精密な調査と描写で白日のもとにさらけ出して見せる。考えてみれば六本木から飯倉に抜ける外苑通りには、ニコラスのほかにも旧ソ連大使館やアメリカンクラブや聞いたこともないアメリカの保険会社など、いかにもそれらしい建物が軒を連ねていたものだった。本来は日本人ジャーナリストに書いてもらいたかったこの種のドキュメントを、日本通でかつ「菊とバット」など野球関係の著作で知られる日本通アメリカ人著者の筆に頼らねばならない日本の現状が悲しい。

【それはさておき】
 この本は東京のヤミの戦後史だ。当時の進駐軍も、ひと皮めくれば正邪こもごもであったわけだ。米軍に限らず、すべての体制は善悪両面を具えているという、いわば当り前の事実を改めて認識しないわけにはいかない。当時の東京はいまの東京からは想像もできない荒廃の地であったが、その事実を知らないいまの若い人たちは、果たして当時の雑然と混乱した東京を思い浮かべることができるのだろうか。それにしても、ザペッティが経営していた当時のニコラスのピザはうまかった。
(TVファン誌2002年3月号掲載原稿)