tokyokidの書評・論評・日記

tokyokid の書評・論評・日記などの記事を、主題に対する主観を明らかにしつつ、奥行きに富んだ内容のブログにしたい。

随筆・駐在員今は昔(その十四)【EWJ081001掲載原稿】

tokyokid2009-05-11

駐在員今は昔(その十四)

 筆者はながながとこの「駐在員今は昔」シリーズを書き継いできた。この物語を、今回は「昔の日本人は、お互いに助け合うことで生活が成り立っていたのだ」ということに関して、いささか特殊な事例ではあるがそれを紹介してこのシリーズを終ることにする。終るといっても「駐在員今は昔」を終了するだけで「アメリカこぼれ話」はそのあとも続く。読者諸賢の引き続きのご愛読をお願いする次第である。
*  *  *
 元駐在員のS氏は、やはり一九六〇年代の初めにアメリカにきて、そのままアメリカに住み着いてしまった人である。当然S氏は戦前の生まれで、戦中・戦後の日本人を、日本におけるとアメリカにおけるとを問わず、身近に見てきた。そのS氏の目からみれば、自分の欲望のために、自分にとっていちばん大事な人であろうところの家族や友人などを見境もなく苦しめたり殺したりする最近の日本の風潮が理解できない。
*  *  *
 最近の日本映画のヒット作「三丁目の夕日」は、戦後しばらく経ってからの日本を描いたものだが、あの頃はまだ日本人の暮らしが戦前の風潮を引き継いでいた。たとえば朝自分の家の門前で隣人と顔を合わせれば朝の挨拶を欠かさないことはもちろん、隣近所でその日の夕食に使う味噌や醤油を、その分だけ貸し借りすることなど、カネモチの住む地域を除けば、それは日常茶飯事であったといえる。もしかすると、いまでも東京の下町では、そうした習慣が細々と残っているかも知れない。いや、残っていてほしいものだ、と痛切に思うひとりがS氏なのである。
*  *  *
 S氏は一九六〇年代にアメリ東海岸で駐在員として働く毎日を送っていた。学生のとき、S氏は東京の進駐軍(米軍)の施設でアルバイトをしていたことがあり、その関係でひとりの日本人女性と知り合いであった。その女性を仮にT子さんとしておこう。その後T子さんは米軍向けに発行されていた当時の軍の機関紙「Stars and Stripes」の記者に見込まれて結婚し、アメリカに来て、自分は地元の企業で働いていた。そのT子さんが、ニュー・ヨークまでくるから、同じ東海岸にいるS氏に会いたいといってきたので、S氏は楽しみにして久しぶりのT子さんに会うことにした。会ったT子さんからS氏は意外な話を聞かされた。
*  *  *
 T子さんがわざわざ遠い東海岸に旅行にきたのは、昔在日米軍の施設で働いていたとき親しかった同僚(女性・仮にU子さん)の家に泊りがけで招待されたので来た、ということだった。U子さん宅に泊まった晩、T子さんはU子さんから「一生のお願いだから・・・」と頼まれごとをしたという。当時U子さんは臨月の身で、アメリカ人の旦那さんは一人寝を余儀なくされていたわけだが、共寝の女性がいないと一晩も過ごせない人だという。それでT子さんから「人助けだからと思って」ここにいる間旦那と一緒に寝てやってくれないか、と頼まれたそうだ。昔親しかったT子さんの頼みとあって、U子さん宅に泊まっていた間ちゅう旦那さんと一緒に夜を過ごして、大変感謝されてきた、ということであった。いまのように「不倫」が日常茶飯事でなかった頃の話である。□