tokyokidの書評・論評・日記

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書評・濹東綺譚

tokyokid2007-02-25

書評・★濹東綺譚(永井荷風著)角川文庫

【あらすじ】
 この書評の底本は、昭和二六年(一九五一)初版発行で昭和二九年第五版の角川文庫本。これは第五版ではなくて、初版第五刷というべきだろう。戦後すぐのこととて、活字は旧字体、仮名づかいも旧仮名である。巻末に石川淳の解説が付されているが、それによると「濹東綺譚」は昭和十二年、東京朝日新聞の夕刊に連載された、とある。小説の冒頭には、明治二十四、五年(一八九一、二)頃からその四十年後にまで話が及ぶ、とあるから、四十年後の一九三一年といえば昭和六年頃まで、ということになろうか。全部を十篇に分かち、そのあとに「作後贅言」としてこの作品制作に関する長い回顧文を続けている。内容は荷風散人の私小説ともいうべきもので、現在東京都墨田区にあたる地域にかつてあった色町の娼婦と、荷風散人を彷彿させる主人公の交情を描いたもの。内容に時代背景を細かく書き込み、さらに「劇中劇」ならぬ「作中作」の趣向をも取り入れて、舞台となった昭和六年頃の東京下町の人と街とが鮮やかに描き出される。ときは昭和四年のアメリ大恐慌に端を発した経済恐慌のさなかの、日本も大不景気の時代であり、主題といい話の筋といい運びといい、その時代の社会的な暗さを丹念に書き込んで過不足がない。
【読みどころ】
 文庫本にしては珍しく、木村荘八画の挿絵が数葉挿入されている。夕刊紙の紙面もこうだったか、と思わせる文章と挿絵の相性のよさがある。登場人物は前述の荷風散人を髣髴させる「わたくし」と、急な大雨がきっかけで知り合う玉の井の娼婦「雪」である。大雨の日の相合傘のなり損ねから出発したそもそものなれそめから別れを予感させる終末まで、大正デモクラシーの時代がその光を弱めつつ推移する第二次世界大戦勃発十年くらい前までの暗い世相を、平成のいまでは考えられない当時の強圧的な警察派出所の情景なども含めて、男と女の心情を荷風散人はていねいに描く。昭和三三年(一九五八)の売春防止法施行以来、公式には日本から姿を消した、かつての色町の情緒を交えて、「わたくし」や「雪」の生活ぶりやものの考え方、言葉のやりとり、人情の機微、そして高等遊民たる「わたくし」と事実上の売春婦である娼婦・雪との身分の差を越えた交情を、ここに登場してくる銘酒屋や凌雲閣や藝妓組合などの、いまはまったく死語になってしまった言葉を探り当てながら読むのも、荷風小説ならではの醍醐味であろう。
【ひとこと】
 この小説をひとことで言い表せば「耽美的」「退廃的」「堕落的」であり、さらに「隠微」「不健康」「自堕落」「自滅」「地獄」であるのかも知れない。どのような運命を担おうとも、人は生れてきた以上この世で生き続けなければならないし、経済的な余裕があればあったで、なければないで、必死にもがきながらも生きなければならないのだ。その「もがき」を、主人公の男女ふたりと、彼らを取り巻く世間を描くことによって、さあどうする、と私たち読者に詰め寄るのが荷風散人の趣向ではなかったか。
【それはさておき】
 しかしながら評者は、一見暗いこの小説に一種の「美」を持ち込んだ著者の確かな審美眼に目を見張らずにはいられない。ただしこの美しさは、太陽に輝く「ひまわり」ではなくて、陰の花の「月見草」のようなものだろう。「五」章のつぎのくだりはどうだ。
「日蔭に住む女達が世を忍ぶ後暗い男に對する時、恐れもせず嫌ひもせず、必ず親密と愛憐との心を起す事は、幾多の實例に徴して深く説明するにも及ぶまい。鴨川の藝妓は幕吏に追はれる志士を救ひ、寒驛の酌婦は關所破りの博徒に旅費を恵むことを辭さなかった。トスカは逃竄の貧士に食を與へ、三千歳は無頼漢に戀愛の眞情を捧げて悔いなかった。」
平成のいまのように、たった二千字足らずの常用漢字であっても、それさえなるべく漢字を用いないようにしてかな書きにし、ふりがなも仰山につけて、なるほど小学生でも読めるようにしたかも知れないが、練達の大人の文章からは、はるかに遠ざかって衰退してしまった戦後日本語への挽歌といえるのではないか。ただいまこの文章を読んで楽しめる人が、日本人全体の割合にしてどのくらいあるのか、評者としては天を仰いで嘆息するしかない。□