tokyokidの書評・論評・日記

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書評・オーパ!

tokyokid2006-12-18

書評・★オーパ!(開高健著)集英社文庫

【あらすじ】
 芥川賞作家であり、サントリーのコピーライターであり、ベトナム戦争報道ノンフィクション作家であり、さらには釣師でもあった開高健が、世界最大で唯一の土堤なく、橋なくダムもないアマゾン河にでかけて、二個月にわたる著者自身のブラジル・フィッシングと自然を描写して見せてくれる。
【読みどころ】
 日系人が多いブラジルで、著者は日系人を含む現地のブラジル人と交流しながらも、あえて、ひたすらに「鳥獣虫魚」に焦点を合わせる。著者の太公望ぶり、ブラジルの破天荒ぶりが読み手の五感を刺激する流麗な文章と事実を突きつける写真とで余すところなく描写される。早業の仕事師ピラーニャ、名魚トクナレ、世界最大の淡水魚ピラルク、金色に輝くドラド。そして街灯のアルミ柱を串代わりに使った2歳半・一五〇キロの若牛の丸焼き。著者によると「何事であれ、ブラジルでは驚いたり感嘆したりするとき、オーパ!という」のだそうだが、こちらは読んでいる間じゅう表題のとおり「オーパ」の連続だ。地球最後の大自然を試す釣りもする文章師開高健
【ひとこと】
 この本を書くために、著者は昭和52年(一九七七)8月からブラジルに入り、結果は翌年雑誌「PLAYBOY」に連載された。四半世紀前に書かれたこの本で、現地の漁師や釣師が「20年前は河が黒くなるほど魚がいた」というのだが、たとえば前述のピラルクと出会うために、著者は30日も大河をさまよう。忍び寄る地球破壊の危機と現地に残る自然と文明の交錯が、それを表す字句なしに日本語の名手・開高健によって描き出される。文中で著者は中国の古諺「一時間、幸わせになりたかったら酒を飲みなさい。三日間幸わせになりたかったら結婚しなさい。八日間幸わせになりたかったら豚を殺して食べなさい。永遠に、幸わせになりたかったら釣りを覚えなさい」を紹介する。この本は釣りに主題を置きながら、雄大きわまりない自然を描写し、所変われば人変わる人間を描写し、舟や釣り針やサオや釣り糸などのモノも描写し、そして人間に追い詰められた挙句に滅びゆく鳥獣虫魚を描写する、極め付きの文明批評である。こうしてみると、大都会の光と音に囲まれて、サービス残業や満員通勤電車やリストラの危機や暗愚な上司に囲まれて、養育の義務を負う家族を背負って働くおおかたの日本の企業戦士諸氏は、この本を読んでどのような感慨を催すのだろうか。そう言えば、一世を風靡した寿屋時代の著者のコピー「人間らしく/やりたいナ/トリスを飲んで/人間らしく/やりたいナ/人間なんだからナ」という文句を思い出す。開高健は、きっと言行一致の作家だったのだろう。
【それはさておき】
 通常文庫本は印刷費の関係から極力写真を使わないから、文字の羅列になることが多い。この本では高橋磤氏の写真をふんだんに使って読者を飽きさせないが、このような文庫本はきわめて珍しい。また「オーパオーパ」というアラスカ、カリフォルニア、カナダでの「大冒険・釣り紀行」が続編として発行されているが、率直にいって続編は初編(本書)にくらべるべくもない。二匹目のドジョウはそうそういるものではないのである。
【蛇足】
 いまは74%を占める戦後生まれの日本人にとって模範とするに足る簡潔・正確・誌的・豊潤そして明快な開高健の日本語の見本。
(TVファン誌2003年6月号掲載原稿)