tokyokidの書評・論評・日記

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書評・おばあさんの知恵袋

tokyokid2008-09-11

書評・★おばあさんの知恵袋(桑井いね著)文化出版局

【あらすじ】
 著者の桑井いねさんは明治34(1901)年、大和の京都に近い国境の生れ。そしてこの本の初版は昭和51(1976)年に第一刷発行、となっている。当時70歳台のおばあさんが書いた本なのである。内容を目次にしたがって紹介すると・・・・・
はじめまして・「娘時代」「結婚生活」「老夫婦二人で」
たべもののこと・「お米」「ごはん」「お粥さん」「小豆とおはぎ」「紙卵とゆで卵」「サッカリン」「梅干し」「保存食」「栗のはなし」「おこぶ」「冬の漬け物」「黒豆」「洋風の暮らし」「おかき」「魚屋と煮魚」
くらしぶりのこと・「子供のお稽古」「子供の遊び」「試験地獄」「女中さん」「蠅退治」「おはばかり」「家伝の秘薬」「もの売り」「むかしの歌」「木炭」「冷蔵庫」「ちょうず鉢」「ストーブ」「洋行」「ブラジル移住」「ペット」「忠犬ハチ公
かじのこと・「一日の手順」「日常の掃除」「布団」「蚊帳の洗濯」「じゅうたんの手入れ」「暮れの大掃除」
いるいのこと・「土用干し」「子供服」「通勤着」「ふだん着」「洗い張り」「ラクダのシャツ」「お針の躾」「毛皮ブーム」
みのまわりのこと・「化粧水」「シャンプー」「便利な小物」「新しい鍋」「ラジオ」「オノトの万年筆」・・・・・
そのあと「さようなら」と「あとがきに代えて・おばあさんの知恵袋裏話」と続く。
・・・・・この目次を一覧しただけで、明治・大正・昭和を生き抜いてきたおばあさんの生活の知恵を感じることができる。いまの人にとっては「蚊帳」など見たこともないだろうし、「紙卵」「おはばかり」「ちょうず鉢」なども未知の言葉かも知れないし、それだけに長かった明治の後半からこれまた長かった昭和の後半まで、すべての日本人が経験したいくつかの大戦争を踏まえて、70何年生きてきた日本女性の「日常」生活の跡を辿ることができるのが本書なのである。そして「賢い主婦」「賢い母」という存在は、いつの時代でも家族にとって太陽のような存在であったと知ることができる。
【読みどころ】
 この本の読みどころは、題名のとおり「生活の知恵」である。世に小説やドキュメンタリー記録で残る記事の内容は、ほとんどが思想や概念であって、生活記録ではない。したがって時代がずっと下って、たとえば現在の平成人が、そのころ既に文字が使われていた平安時代のことを知ろうと思っても、言葉・文字・文学・記録だけから出てくるものだけでは細部を知ることができない。残されたわずかの道具やその破片によって推測される限りの範囲を加えて、平安当時の人の日常生活を記録による知識を補強しつつ垣間見ることになるのである。その点からいえば、明治維新以来激動の日本歴史を刻んだ日本列島の生活を、このような形で残してくれた著者にわれわれは感謝しなければならない。ましていまからの後世の人々にとっては、「当時の日常生活の状況」を知るうえで、その価値はますます増しこそすれ、減じることはないのである。
【ひとこと】
 いま町に住んでいる人なら、夜中になにか食べたくなっても、ちょっと車庫から自動車を引張りだしてどこにでもあるコンビニに向かえば、簡単に調理済みの温かい夜食を調達することができる。その人たちに向かって、本書にある「梅干し」「保存食」などに書かれていることは、ほとんどナンセンスに近いことに違いない。主食でも米よりパン、が常態になってしまった現在では、なおさらである。でも国民の必要とする食料の3分の2を輸入に仰ぐ我が国日本では、いつなんどき海外からの食料の調達ができなくなるかも知れない。そのようなときがくれば、この本がわれわれに生きる知恵を与えてくれること請合いである。そのときになって、この本に書かれている事項が脚注などで解説されることを想像するだけでも、この本を読んだ価値があった、というものではないか。
【それはさておき】
 著者の実家は大和の庄屋であったから、先祖代々の記録類がよく残った家であったのだろう。著者は「はじめまして」の項で、父は明治3(1870)年の生れ、祖母は嘉永3(1850)年の生れでペリーの黒船来航の3年前、そしてこの祖母の母、著者にとっての曾祖母は文政6(1823)年、シーボルトが長崎にきた頃の生れ、と記している。昭和フタケタ以降生れのわれわれにとって、ペリーやシーボルト歴史学上の存在だが、それらが身内の3代、4代前の時代と重なっていることを思うとき、歴史を身近に感じることができ、同時にわれわれが生きている「いま」を大切にしなくてはならない、と思うはずだ。この本が単なる明治から昭和にかけての日常生活紹介の書であるだけでなく、背後に時間の係数を、一定の重みを持って、われわれに示してくれることこそが本書の真骨頂なのである。日本の歴史のどの部分を切り取っても、後世のわれわれに教えてくれるものは少なくないわけだが、たかだか4,5世代前のことでも、こうして歴史を振り返ることのできるわれわれ日本国民は、なんと幸せ者であることか。□