tokyokidの書評・論評・日記

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日記150306・東京駅100周年と家康没後400年

tokyokid2015-03-06

 今年は東京駅100周年だそうで、記念のなにやらを売り出したら客が殺到して大騒ぎになったことは大方ご承知の通り。また今年は徳川初代将軍家康の没後400年だそうで、地元の静岡ではいろいろの催しが計画されている。
 いまの東京駅は、私どもがこどものころから親しんでいた2階建てから、オリジナルの3階建てになって立派にはなったものの、ピカピカになったことも加えてなんだか親しみが薄れてしまった。そう、敗戦時に小学校(当時は国民学校)4年生だったわたしは、戦後焼け落ちてとりあえず2階建てにたたずまいを改めた東京駅しか記憶にないのである。もちろん戦前に父母に連れられて何回も東京駅に行ったことは間違いないのだが、その頃の東京駅を外から見た景色はまったく記憶にない。で、いま東京駅構内で配布している「駅構内・駅周辺マップ」によると、明治5(1872)年に新橋〜横浜間で鉄道が開業して、そのあと大正3(1914)年に東京駅開業、とある。いまさらながら、鉄道駅としては新橋(当時は汐留)駅のほうがいまの東京駅より大先輩だったと感慨を新たにする。
 一方江戸幕府を開いた徳川家康は、今年が没後400年の節目だという。今日からみて、東京駅が100歳、家康が400歳ということだが、考えてみればわたしももう傘寿、わたしが生れたときは東京駅が開業してからまだ20年しか経っていなかったのだ。いまから20年前といえば1995年、1995年は、野球の野茂がドジャースに入団した年、オウム真理教地下鉄サリン事件が起きた年、といえば大方に分りが早いだろう。私が生れた年と東京駅が開業した年とは、それほどの差しかなかったのだ。人生50年の時代(といってもついこの間のことだが)から見れば、傘寿の私どもは「故老」と呼ぶにふさわしい年齢になった、ということだ。そう考えると、400年前の人・徳川家康といっても、なにやらわたしの知り合いで、むかし親しくしてもらった小父さんのような気がしてくる。
 写真は東京駅100周年を記念して売り出した弁当と、駅の向いの丸ビルから撮った写真、それにネットから借用した徳川家康の似顔絵。それにしても日本は国を代表する大駅舎の前だっていうのにレイアウトはめちゃくちゃ、いつまでも広い面積を占領して延々と工事をしていやがる。なんともセンスのないことだなあ。これで文化国家が聞いて呆れる。