tokyokidの書評・論評・日記

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書評・文章・用字用語スタイルブック

tokyokid2007-12-10

書評・文章・用字用語スタイルブック(テクニカルコミュニケーション研究会編)日経BP

【あらすじ】
 この本には「ユーザーマニュアルのための」という副題がつく。つまり「ユーザーマニュアルのための文章・用語スタイルブック」なのである。本書は、読者層を「製品の消費者である一般ユーザー向けの取扱説明書を書く人」に焦点を当てている。当時はちょうど個人用コンピュータすなわちパソコン(=PC)や携帯電話が世に普及してきたころのことで、これらの当時の新製品が、従来の自動車や家電製品などとは大幅に異なった性質の製品であったから、取扱説明書ひとつをとっても従来の概念ではとらえ切れない面がでてきて、その対応策が望まれていた時代であったことが、この本が現れてくる重要な背景であった。
【読みどころ】
 内容は4章にわかれており、それぞれ「第1章・ユーザーマニュアルの役割」「第2章・文章作成の実際」「第3章・マニュアルの用字用語」「第4章・符号・略語など」とあり、つづいてかなり詳細な「附録1〜7」がつく。戦後半世紀近くの時間を費やして(たった2千字の常用漢字による)痩せ細った日本語によって作成するしかない取扱説明書を、商品の使用者である一般読者の理解しやすさを重視して、一定の水準以上に引き上げる基準を作ろうとした意気や壮とすべきだ。たとえば第3章の「接続の表現」で、「ならびに、は使わない」、「もしくは、は使わない」、「あるいは」、「ないし」の代わりに「または」を使う、「および」と「または」を混用しない、などの項があり、当時からこの程度のことも判然としない取扱説明書が多かったことが知られる。また第4章には「不必要な欧文は使わない」「単位表記には単位記号を使う」などの至極尤もな記述もみられる。だが「不必要な欧文云々・・・」ひとつをとっても、現実にはこの本の題名からして「使用者」ではなく「ユーザー」であり、「取扱説明書」ではなく「マニュアル」なのだが・・・・。その後一般に日本文に使用される欧文というかナマの欧米語の多さについては、ここで改めて指摘する必要もない。本書はあくまでも、取扱説明書の作成を担当する人が、この本を読んでから作業に入ることにより、一定以上の水準の「わかりやすい」取扱説明書ができてくるように配慮された「ガイドブック」なのだ。
【ひとこと】
 底本は昭和63年(1988)9月6日の初版本で、いまから20年ほど前に作られた。当時はまだ家庭用のテレビ・ラジオ、洗濯機、冷蔵庫などの電化製品や料理道具、大工道具などの機械・道具類についてくる「取扱説明書」が、素人の消費者にはまだまだわかりにくく、読みにくかった時代であった。なぜそうなるかというと、当時これらの製品のメーカーでは、その取扱説明書の原稿を、社内で執筆することが多かったが、実際に執筆するのは、売り出されている製品を担当して開発したり設計したりした技術者であることが多かった。これらの(技術系であるにもかかわらず不承不承に本来文科系の人間が担当すべき取扱説明書の原稿書きを指示されるところの開発・設計)技術者は、当然日本語に造詣の深い人ばかりであるとは限らず、その上にまた人間特有の「自分が知っていることは相手も知っている」という無意識の思い込みから、できてくる「取扱説明書」は、帯に短し襷に長しで使用者には「わかりにくい」状態のものが多かったことは否定できない。著者は「テクニカルコミュニケーション研究会」のメンバーで、当時はまだ日本ではあまりその存在が認識されていなかった「テクニカル・ライター」の先駆者ともいえる人たちであった。これらの人たちは、取扱説明書の「説明」が、素人が読んで非常に解り難いことを憂えた人たちで、そのために取扱説明書を作成するうえで役に立つ一種の基準を設定しようとした意図を汲み取ることができる。蛇足ながら、テクニカル・ライターとは、当の商品の製造企業(メーカー)からみて「社外」にあり、取扱説明書の作成全般を(有料で)担当する独立した集団を指す。
【それはさておき】
 日本人は形の見えないものにカネを払おうとしない、というのは永年の評者の観察であるが、本来の商品につけて使用者(ユーザー)の理解を助けるだけの(無料の=対価の伴わない)取扱説明書(マニュアル)にカネをかけようとする企業が少ないのも、考えてみれば当り前の現象なのだ。平成の現在では「テクニカル・ライター」という職業も市民権を得たように見えるが、巷には相変わらず読みにくい取扱説明書が氾濫している。21世紀に入っても、形の見えないものには、相変わらず日本人はカネを払おうとはしないと見える。日本人の名誉のために断っておくが、文明先進国のアメリカであっても、この「わかりにくい」取扱説明書は日本と同じく巷に氾濫していることを急いで付け加えておく。ただしよくできた、わかりやすい「取扱説明書」の質の違いは、一見した素人にもはっきりと感得できるほどの大差が、日米でいまだに存在するのも事実なのだ。このことは、たとえば「従業員規則」や「取扱心得」などの名前の行動基準を示した文書が、割合最近まで企業に存在しなかった日本と、なければ訴訟に巻き込まれておおきな負担を強いられることが長く続いたアメリカとの風土の違いに起因するところであろう。もちろん一般的にアメリカのほうが「ユーザーマニュアル」の出来が数段上の場合が多い。これをみても、まだまだアメリカに追い付いていない分野が日本にあることがわかる。ちなみに巻末の「この本の執筆・資料提供・校閲に携わった人」のなかに、当時この研究会に所属していた評者の名も見える。□