tokyokidの書評・論評・日記

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書評・アメリカの心

tokyokid2007-05-13

書評・★アメリカの心(ユナイテッド・テクノロジーズ社新聞広告、岡田芳郎、楓セビル、田中洋共訳)学生社

【あらすじ】
 本書は一九八〇年(昭和五五)前後に、アメリカの製造業者ユナイテッド・テクノロジーズ社(以下UT社)が、経済紙のウォール・ストリート・ジャーナルに掲載した企業広告から75編を和英対訳形式で編集した本である。製造業でありながら、自社の広告を製品広告ではなく、このような企業広告で企画したところに、この会社の特徴が窺われる。現在のUT社は20万人を超す従業員を抱え、以下カッコ内のブランドで知られる製品群、すなわち航空機エンジン(プラットアンドホイットニー)、空調機器(キャリア)、エレベーター(オーチス)、ヘリコプター(シコルスキー)、電子制御機器(ハミルトン・スタンダード)、防火器具の主要六部門による製品のほかに、燃料電池エンジンの研究でも知られる、国際的にも有名な大企業である。この会社が企画した「企業広告」は「読者に考えを押し付ける代りに、読者を考えに誘い込む」ことを狙って作られた、とまえがきに当る原稿でUT社自身が表明している。上記のような製品群を製造している会社にしてみれば、個々の製品の広告を打つよりも、このような企業広告のほうがより費用対効果が大きい、と決断してのことだろうが、結果は大正解であった。これらのUT社の新聞広告は、全米に大きな旋風を巻き起こしたのである。
【読みどころ】
 本書に収録された75の広告は、UT社の製品に直接関係しない読者にも、充分関心を持ってもらえる内容に貫かれている。いくつか題名を紹介すると、「シンプルに行こう」「成功は紙一重」「君は今日も泥棒をするのか?」「メモを書く人へのメモ」「望みが高ければ退屈しない」「引退してもさびつかないで」「失敗を恐れるな」「標準低下」「冒険してみよう」「愛国心について」「仕事の腕前」「言ってしまって後悔するより」「寝ている狐に鶏はとれない」「止めてはいけない」「躍進それとも後退」などである。ここでは題名からなんとなく内容を想像できるような項目に限ったが、これらは新聞紙一ページの左半分に題名、右半分にまるで詩のように「短いが意味明瞭な」メッセージを按配することによって作り出された(全頁)新聞広告であった。ひとつだけ「君は今日も泥棒をするのか?」の内容を紹介させてもらおう。この項の文章を要約すると「いちばん大切な人の財産は金と時間だ。金を盗めば捕まるが、時間を盗めば(約束の時間に遅れた)当人ではなく(そのシワ寄せを被った)誰か別の人に罪が及ぶ。だから約束の時間が9時なら、9時15分ではなく、9時きっかりに行くべきなのだ」ということが書いてある。この文章を読んだ読者は、「よし、自分も明日からは(約束の時間に遅れて)他人の時間を盗むようなマネはやめよう」・・・と前向きに、しかも自分が納得して行動に移る気を起こすだろう。読者の共感を呼び込む。これこそがこの企業広告のミソなのだ。もちろん全編がその思想に貫かれていることは言うまでもない。
【ひとこと】
 国民性をいうなら、アメリカ人の「善意」は折紙付きだ。アメリカ人に善意を押し売りされて困惑したり辟易したりする国や人がいくらでもあることを百も承知の上でいえば、他人が困っているときに手を貸さない法はない、と思っているアメリカ人は多いのである。また万人が正しいと思うことに逆らうのは褒めたことではない、と信じているアメリカ人も多いのである。だからこそ、アメリカン・ドリームを掴んで成功したアメリカ人(個人)やアメリカ企業(組織)が、慈善事業に力を入れるのであり、一方にはその「善意」を無条件に受け入れる土壌がアメリカには造成されているのである。そのやり方をそのまま国際関係に持ち出して他国の顰蹙を買うアメリカがあることも事実なのだ。もちろんその善意によって窮状を救われ、感謝している国があることも事実だ。そしてそのようなアメリカ独特の環境のなかで、いい意味での(アメリカの)善意と押し付けがましさを同居させたのが、この企業広告である。アメリカ人の考えを、口あたりのいい説得力のある文章で訴求しでいるのだ。
【それはさておき】
 この企業広告を読むと、日本とアメリカの国民性の差について考えざるを得ない。なにかあると、一歩引いて(自分の不利を招いて)しまうのが日本人で、一歩踏み込んで(他人にいやがられるのが)アメリカ人なのである。日本では、故橋本首相が主導した「ビッグバン」以来、グローバル・スタンダードなる、その実「アメリカン・スタンダード」による標準を「基準」にして、世界の土俵で闘わなければならないというのに、いまだに日本人および日本国はその闘い方がわかっているとは思えない。従軍慰安婦問題ひとつをとっても、自分たちの考えを明らかに相手方に伝えることができていない。つまりこの問題に対してどう対応するかの具体策を国として立案・実施すべきであるのに、それもせず、相手に言われて時の首相が謝罪を何回となく繰り返すだけという優柔不断な態度に終始している。その結果、半世紀以上前のことを、いまだに相手国のみならず、そのことには直接関係なかった国の「日系移民」議員にもあげつらわれる始末なのである。どうして(本来頭脳明晰な人も多い)日本人が、こうも(細かい気配りは抜群に上手なのに)全体的なシステムというか、哲学というか、戦略というか、ともかく全体像をつかんで対策を組むのが不得手なのか、理解し難い。蛇足ながら、共訳者三人のキーワードは広告の「電通」であり、広告業に携わる専門家の目に止まったのであるから、UT社のこれらの広告は、抜群の注目度を集めた広告であったことは間違いなかろう。
【蛇足】
・・・・・と、ここまで書き終わったとき、UT社に関係するニュースが飛び込んできた。二〇〇七年四月二十七日付・朝日新聞国際版の一面トップの記事である。要約すると、日本国内の日本オ−チス・エレベータ製のエレベーター5万6千基を緊急点検することになった、という。六本木ヒルズの森タワー(54階建て)で、四日に起きたエレベーター火災で、ずさんな同社の保守管理がみつかったというものである。同社は国内で4位のシェアを持つそうだが、この火災の原因は、鉄製ワイヤー・ロープの一部が破断、他の器具とこすれ合って発生した火花が原因とみられ、記事は「事故機のワイヤは、全面的に赤さびとほこりと潤滑油に覆われ・・・」とも報じている。前述のとおり「オーチス」はUT社のエレベーター部門であり、日本オーチス社は当然UT社の系列会社であろうから、この事故の責任に関してUT社がまったく関係がない、とは言い切れない。少なくとも経営責任は免れないだろう。こうした「いい」企業広告を広める「いい」会社(=UT社)が、多分経営方針のグループ内各社への徹底がなされていなかったことによって、上手の手から水が洩れてしまったことは、まことに意外なことだ。アメリカの企業であるからには、立派な作業マニュアルが存在するものと想像するが、外国(この場合は日本)の出先機関がそれを守らないのではなんともならない。経営というものは、ちょっと気を抜くと、得てしてこうした事故に見舞われるものなのだ。出先とはいうものの、会社の経営者たるものは安閑としているわけにはいかないという一例である。□