tokyokidの書評・論評・日記

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書評・黄河の水

tokyokid2006-11-09

書評・★黄河の水(鳥山喜一著)角川文庫

【あらすじ】
 副題に「中国小史」と銘打ったこの本は、漢民族のルーツともいえる黄河をシンボルにして、中国四千年の歴史をわかりやすく書いた本である。著者はとくに「少年子女」向けの歴史の概述書を意図して、大正十五年(一九二六)に著したものだが、戦前・戦後を通じて年少者層のみならず一般読者層にも大好評を博した(戦後改版)。著者は明治二十年(一八八七)生まれ、昭和三四年(一九五九)没。文学博士で東洋史学者であり、高校・大学の教師・教授を歴任し、渤海国の研究がライフワークであった。
【読みどころ】
 中国は広く、歴史も古く、国や皇帝の同じような名前が登場したりして、なかなかわかりにくい。しかも中国は昔から日本に大きな影響を与え続けてきた。漢字や法制など、古代以来日本が中国から学んできたものは大きい。この中国の歴史を「少年子女向けに」わかりやすく記述することによって、誰でも流れの概略をつかむことができる、それがこの本の最大の特徴だ。記述はわかりやすくても、内容はしっかりと余すところがなく、入門書として欠点がない。日中復交三十周年を迎えたいま再読すべき本。
【ひとこと】
 学識のある人が、その専門知識を素人向けにやさしく解説するということは、意外に難しいことなのだ。しかしこの著名な東洋学者は、少年子女を相手にしてその持てる才能を遺憾なく発揮した。中国の歴史を知るにはこれほどよい入門書はないという定評があり、世の父母兄姉の世代も読者に加えてロングランのベストセラーとなった。記述は日本敗戦直後の蒋介石毛沢東のところで終わるが、長い中国の歴史をわかりやすく概観するという点で、この本は現在でもちっとも古くなっていない。戦後日本の学校教育の「歴史」はともすれば詰め込み主義に傾きすぎて、日本史にせよ世界史にせよ、年代丸暗記の無味乾燥なものへと変化していった。古代中国の殷で発生した漢字、周の文王に見出され釣り人の代名詞ともなった太公望という言葉、漢の武帝のときにたてられ七世紀ごろ日本にも伝わって孝徳天皇のとき初めて大化となった年号など、中国より歴史の浅い日本は、過去において中国から学ぶもの大であった。読み進むにつれてこれらのことを自然に教えてくれるのがこの本である。いま日本は、いよいよ存在感を増しつつある中国との関係を将来どういうふうに発展させるかの選択を迫られている。過去を知らずして未来の方向は決められない。その点この本は、世界でもっとも長い文化を誇る中国の歴史を概観するための、まことに理想的な入門書といえる。願わくば、このような歴史読み物が「中国史」のみならず「西欧史」や「米国史」や「中東史」など、ひろく世界中の歴史を対象としたものもあってほしいと思うのは、筆者だけだろうか。歴史は暗記するものではなくて、理解するものなのだから、これは必要なことなのだが。
【それはさておき】
 昔も昔、大正の著作が戦後改版されたとはいえ、版を重ねていまだに読まれるということは、それだけ土台がしっかりしている本なのである。歴史を「少年子女のために」わかりやすく叙述することを目的とした著者の意図は、まさしく正鵠を射ている。それだけに長い年月を経て、この書はなお輝きを失っていない。巻末の索引は著者の大親切。
(TVファン誌2003年1月号掲載原稿)