tokyokidの書評・論評・日記

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書評・サザエさんうちあけ話

tokyokid2006-10-20

書評・★サザエさんうちあけ話(長谷川町子著)姉妹社刊

【あらすじ】
サザエさん」でおなじみの長谷川町子(1920・大正9年〜92・平成4年)が、自分の生涯を自分でマンガに仕立て上げた本。生い立ちから高齢の親を看取る話のところまでの長谷川町子の一生の足跡を、彼女の漫画でたどることができる。
【読みどころ】
 長谷川町子は福岡県生まれ。山脇高女を卒業して、「のらくろ」で有名な田河水泡に師事する。代表作の「サザエさん」は、戦後すぐの昭和21年から福岡の夕刊フクニチに連載され、そのあと昭和24年から全国紙の朝日新聞に移って一世を風靡した。じつに長谷川町子は女性漫画家の草分け的存在なのである。ほかにも「いじわるばあさん」「エプロンおばさん」「似たもの一家」なども人気が高かった。長谷川町子の漫画は、大人が読んで面白いだけでなく、こどもにも安心して読ませられる漫画として広く日本社会に受け入れられていたが、著者によると、「人畜無害漫画」を長年にわたって書き続けるのは、胃の痛む作業であったという。事実ご本人はこの「うちあけ話」のなかで、当時著名な医師であった中山恒明によって胃の切除手術を受けた経緯を、人畜無害の描写でさらりと、しかもあくまで漫画として面白おかしく一部始終を書き込んでいる。この本は、漫画家という職業を選んだ長谷川町子というひとりの女性が自分の一生を解剖して見せた書、ということもできるが、さすが女性らしく、日常生活の描写が細かいところまでよく描き込まれていて、太平洋戦争をはさんだ日本の激動の昭和時代を生き抜いた女性の伝記として、永遠に残る名著といえる。
【ひとこと】
 2006年のいまからみると、「戦前」とはわずか6、70年前のことなのに、文語・口語を問わず日本の言語はまったく変わってしまったし、社会生活も日常生活も一変してしまった。もちろん日本人の考え方も変ってしまった。後世からみると、この時代を生きた人々の考え方や生き方がどのようなものであったか、歴史書や教科書からは汲み取ることのできないヒトコマ、ヒトコマが存在すると思われるが、この本にはその点がよく凝縮されている。それはあたかも、女性の名エッセイストといわれた向田邦子の著作とも共通する、女性独特のキメ細かな視点からみた日常生活のあれこれが書き込まれていて、後世からみると、それが貴重な(ごく普通の生活やその当時一般的であった考え方の)一級資料ともなるのではないか。漫画ひとつをとっても、戦前と戦後の日本社会の(形而上から形而下に及ぶ非常に広い範囲の)あらゆる落差を、これほど如実に誰にでも分りやすく示してくれる例は少ないと思われる。誰にでもわかる、誰にでも愛される漫画の効力と実力をみずから示して見せてくれた長谷川町子、という評価も可能なのだ。
【それはさておき】
 関係者がみな鬼籍に入り、この世で迷惑をかける人ももはやいないと思われるので、評者の私事で恐縮ながら、ひとつ書いておく。済んでのところで長谷川町子は私の叔父(母の弟)と結婚するかも知れない事情にあった女性だった。どうしてそうならなかったのか、評者にとってはまことに残念なことであった。もし長谷川町子がわたしの叔母であったなら、わたしの人生もずいぶん変ったものになっていたかも知れない。彼女の描く漫画を通して感じられる長谷川町子の人間としての温かさ、ふところの広さ、女性としてのまっとうさが、わたしをしてそのように感じさせるのだろう。古き良き時代のクリスチャンであり、生涯独身を貫きながら世に愛される漫画を書き続けた長谷川町子に関する、ひとつのエピソードである。□