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論評・羅府新報「磁針」コラム・負けてよかった【091014掲載原稿】

tokyokid2009-11-01

題名・負けてよかった
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 二〇一六年のオリンピック開催地がブラジルのリオデジャネイロに決まった。最後の4候補地に残った東京はこの年のオリンピック招致合戦に敗れたわけだが、日本の置かれている状況を直視すれば、敗れてよかった。
 下馬評では、東京は4候補地のなかで、住民の反対がいちばん多かった、と報じられた。ひとり東京都知事だけががんばった感があり、一説には一五〇億円ともいわれる多額の予算を使って招致合戦に臨んだようだが、その経費も無駄になった。もし都知事が一五〇億円くらいは大した金額ではないと考えたとしたら、それは大きな誤りだ。
 だいたい日本は国と自治体で八〇〇兆円を超す負債を子孫に付け回す現状で、国の年間予算が約八〇兆円、年間のGDPが約五〇〇兆円という日本の経済規模からすれば、これは大変な金額なのである。たとえ一五〇億円といえども、余裕があるならまず負債の返済に回すべきであり、オリンピックなんか開催して浮かれている場合ではない。
 なぜ都知事がかくまでオリンピック招致に熱心だったかといえば、率直にいうと都知事自身が設立から深く関与したものの不祥事続きの「新銀行東京」問題や、移転先の地中に有害物質が埋まっていると伝えられる「築地市場移転」問題等対策が挙げられる。こういう場合の政治家の常套手段として、都知事はこれらの自身にまつわる問題点から都民の目をそらすのがオリンピック招致運動の最終目的だったのではなかったかと疑われる。これを単なる「下司の勘ぐり」と片付けられるようなら、まことに幸いなことである。
 さらに事後、都知事リオデジャネイロが選ばれた裏の政治的な動きに言及して、当のブラジルから抗議を受ける始末となった。ことわざにも「法なきは慣習に従う」とある。たとえオリンピック委員会とブラジル政府のあいだでどんな裏取引があったとしても、そういうことは公の場で言及しないのが国際慣習というものだ。天に唾する、とはこのことだ。フーテンの寅ならさしずめ「それを言っちゃあおしめえよ」というだろう。□
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