tokyokidの書評・論評・日記

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随筆・駐在員今は昔(その八)【EWJ080201掲載原稿】

tokyokid2009-03-23

駐在員今は昔(その八)

 この「アメリカこぼれ話」の最初のほうで、「受付嬢」に言及したと思うが、違う視点からもういちど書く。
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 昔は会社というか事務所というか、企業の玄関口にはかならず受付嬢がいて、外部からの訪問客の案内を務めていたものだった。これは日本もアメリカも同じであった。違うのは受付嬢の仕事の中味で、これには天地ほどの差があった。アメリカの受付嬢は常時忙しく働き、日本の受付嬢は来客があった時以外は概してヒマな人が多かった。
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 前回述べた、アイオワ州のまっすぐな地方道を通って、やおら丘の上に建てられた鉄とガラスの大きな建物の前に出ると、世界有数の農業機械メーカーの本社であった。周囲は依然として広大なとうもろこし畑である。そこに忽然と現れた大きな敷地をとった近代的な建物は、会社とはゴミゴミした都会地にあるビルだと漫然と予想していたJ氏の期待?を大きく裏切る?ものであった。つまりは田園の中に建つ大会社なのである。広い駐車場にくるまを止めて、建物のドアを開けて、正面に座ってタイプを叩いている受付嬢のいるカウンターに歩み寄り、来意を述べると「ちょっとお待ち下さい」と、受付嬢はテキパキと社内電話でアポイントメントをとっておいた相手先に「お客さまが入口に見えています。X社のJ氏です」と連絡を入れた。受付嬢は電話を切るとJ 氏に向って「すぐこちらに来るそうですから、ソファで座ってお待ち下さい。その間コーヒーをお飲みになりますか?」と訊き、J氏がうなずくと席を立ってコーヒーを淹れ、J氏のところに持ってきてくれた。見ていると受付嬢はまた自分の席に戻り、わき見もせずにタイプの続きを叩き出した。後でJ氏は、アメリカの受付嬢の仕事は、接客のほかに、電話番、郵便の仕分け発送、タイプによる書類の作成と、少なくともこの4種類の仕事をこなすのが普通と聞かされた。J氏の受付嬢に関する日本での「常識」では、入口正面に座って接客するところまでは同じでも、日本の受付嬢は接客のほかはなにもせず、カウンターの中でずっと下を向いた切りで、たまに来客があるとやおら立ち上がって「いらっしゃいませ」と言う。そのあとは茶を出したり、社内の会議室などへ案内したり、客にかかり切りで、そのほかの仕事はしない。そもそも来客は引きも切らずに来社するものではないから、いってみれば、日本の受付嬢は一日中することがほとんどないのである。日本は礼儀にやかましいから、来客があったときに受付嬢がほかの仕事をしていると「失礼だ」と怒り出す客がいるのだろう。
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 また日本では、会社の受付嬢は来客に最初に会う社員ということで「会社の顔」であるとの認識を持ち、仕事振りがいい人よりも容姿端麗を優先して人選する会社もある。本人もそれを意識しているから、いろいろと悶着のタネを作ることも多い。
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 いまは人手を減らす必要上、アメリカでも日本でも受付嬢を置かず、入口カウンターの上には社内電話を一台置いて、来客は自分でダイヤルすることが多くなった。会社訪問をすれば例外なく働き者の受付嬢に会うことができた頃の、今は昔の物語である。□
【EWJ はハワイ州で発行の情報誌 East West Jounal のこと】