tokyokidの書評・論評・日記

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随筆・駐在員今は昔(その四)【EWJ071001掲載原稿】

tokyokid2009-02-23

駐在員今は昔(その四)

 アメリカ人は会話のときに、男女ともに大口を開いてはっきり発音する。日本人は口のなかでモゴモゴいう。だから日本人が発音する「はっきりしない」英語は、アメリカ人にとってはよほど聞きとりづらいものであるらしい。でも日本では、昔からとくに女性が「大口開いて」しゃべったり、笑ったりすることは、はしたないとして注意されたものだ。これだけ世の中が変って、いまでは男女の言葉遣いも同じようになってしまっても、昔のしきたりは形を変えて残ってしまうのだろうか。
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 新人駐在員が客とビジネスランチをとることになった。すこしお年を召した耳の遠いウェイトレスだったが、新人氏はデザートに「メロン」を注文した。そうしたらでてきたのは「ミルク」だった。客には「ここではケーキがおいしいのに、ミルクをデザートに頼むことはないのでは?」と冷やかされた。こうなった原因は、新人氏がアメリカではメロンを注文するときに、メロンの種類たとえば「カンタロープ」とか「ハニデュー」と指定することを知らなかったことであった。そのほか日本人特有の「L」と「R」のちがいを発音できなかったこともある。日本語にはLとRの区別はないのだから仕方ない。それにしても、こういう場合聞き取れないと思ったら客に確認してくれないものかなあ。
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 別のD氏はデザートに「シュークリーム」を注文するがでてこない。ウェイトレスは「そんなものはない」という。で、そのウェイトレスを店の入口のショーケースのところに連れていき、指さして「ここにあるでしょ?」というと「おお、クリーム・パフ!」といちどで理解してくれた。シュークリームは英語ではなかった。蛇足ながら、日本人はアメリカのケーキ類は歯が痛くなるほど甘すぎる、というが、アメリカのベタ甘のケーキはドイツ風、日本のまろやかな味のケーキはフランス風、なのだそうである。
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 下戸でアルコールに弱いE氏は、客のアメリカ人が「ブラディー・メリー」を注文するのを聞いて、自分は「ヴァージン・メリー」と注文した。アルコールの入っていないトマト・ジュースを注文したつもりだったのである。目の前に置かれたグラスを傾けたE氏は、途端にひっくり返った。ウェイトレスに訊くと「ブラディー・メリーをお持ちしました」とのこと。口のなかでモゴモゴいうと「ブラディー」と「ヴァージン」とはアメリカ人には区別がつかないらしい。こういう場合は、はっきりと「アルコールの入っていない飲物が欲しい」と言わなくてはならない。余談ながら「ブラディー・メリー」は「血まみれメリー」として、バーネットの「小公子」若松賤子訳にでてくる。トマト・ジュースがそれらしいからであろう。
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 これほど極端でなくても、筆者の経験ではアイスクリームの「バニラ」をアメリカ東部や中西部で注文すると、必ず聞き返されたものだった。日本語には「V」の発音もないから、「ニ」にアクセントがあるこの単語は、日本人にとってとても発音しにくい単語である。これが白人の少ない南カリフォルニアやハワイでは、聞き返されたことはない。要するにアメリカ人は会話のなかで想像はしないので、イエス・ノーははっきりと意思表示しなくてはならないのだ。□
【EWJ はハワイ州で発行の情報誌・East West Jounal のこと】