tokyokidの書評・論評・日記

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書評・拒否できない日本

tokyokid2009-01-26

書評・★拒否できない日本(関岡英之著)文春新書

【あらすじ】
 著者の関岡英之氏は一九六一年東京生れ。慶応大学法学部卒業後東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入行。十四年間の勤務後退職して早稲田大学理工学研究科に入学し、同修士課程を修了、そのあと著書の「なんじ自身のために泣け」(河出書房新社)で第七回蓮如賞受賞という、法学部出身で銀行の実務経験を持ちながら理工学も履修し、かつ文学賞も受賞するという異色の経歴を持つ人である。
 副題には「アメリカの日本改造が進んでいる」とあり、その事実やその度合については日本の行政府やマスコミが触れることが極端に少なく、つまりこの問題が国民に知らされることがごく少ない現状だが、著者は独自の立場で情報を検索し、主として公開されたアメリカの公文書そのほかの文書などにより検証し、その経緯を明らかにした本。
 本書の内容を目次から拾うと{カッコ内★印は評者による項目内容の要約(各項前半)と意見(各項後半)の併記}・・・・・
1. 北京・シカゴ枢軸の怪{★日本の建築基準法の改正は、理由はともかくアメリカ・中国が手を結んだことによる影響で、日本の建築業界は海外市場を失う可能性があり、その失地回復の可能性を探るための法改正が必要となったために起きた現象。であるから、元来の日本の建築基準法にあった日本独自の状況(たとえば耐震設計)対策が無視された結果、日本の建築業界関係者にとっては、建築法基準を遵守するために二重手間を覚悟しなければならない事例が生じ、不便である。これは米中両国による日本の優秀な建築技術の封じ込めを図ったものと受け止められる。この事態を招いたのは非常に遺憾である。}
2. 対日圧力の不可解なメカニズム{★ブッシュシニア・クリントンブッシュジュニア3政権の、内政干渉を含む強力な対日改造計画の戦略と戦術は、当然アメリカの国益のためである。当然の帰結として、このアメリカのオペレーションを認めると日本の国益を損なう方向に向かうのは自然の理であるが、それも程度問題で、こうなんでもかんでもアメリカの言う通りにしなければならないとするならば、日本は事実上アメリカの植民地と同じことで、独立性などお題目だけであり、実際は無きに等しい状態と言わざるを得ない。}
3. この世はアングロ・サクソンの楽園{★グローバル・スタンダードとはアメリカン・スタンダードに他ならず、国際会計基準への変更の強行は、アメリカ企業が日本企業の買収を簡単にし、かつ日本企業の含み益を吐き出させるための手法とみることができる。これは当然アメリカ企業が日本で仕事をするために日本に進出するための地均しであり、これまたアメリカの国益を狙ったものであることは明らかである。しかしこの件も、以前不平等を指摘した日本に対して、時のクリントン政権が、全面自由化を打ち出してそのように変更してしまった「日米航空協定」のケースが参考となる。元来航空事業における日米の体力差は隔絶的に大きく、自由化してしまうと事実上相手国(この場合は日本)の航空事業を無力化することができる。なんでも思いのままのアメリカにくらべて、日本はアメリカに対してできることは限られているので、実際には合法的な不自由化であった。国際会計基準への変更強行のこの事例は、この航空協定の前例を思い出させる。}
4. 万人が訴訟する社会へ{★ほんらい大陸法で明文法の日本を、エクイティ(平衡法)という一方に有利な結論を導き出せるところの判例法であるところの英米法のやり方に日本を変えさせることによって、訴訟万能社会を作り出し、アメリカの弁護士事務所の対日進出を容易にする、いま話題の「裁判員制度アメリカでは陪審員制度)」を含む深謀遠慮をここに見ることができる。日本の戦後の新憲法制定やその後の民法・商法などの改正、また最近の弁護士業の自由化などの「司法制度改革」がもたらす日本の大陸法準拠をアメリカの英米法準拠に変えさせるためのあの手この手が見えている。これもアメリカの国益すなわちアメリカの弁護士など法曹業界に日本に参入させるための地均しの施策の一例である。反対に日本の法曹界アメリカに進出しようとしても、現地で日本語の法曹需要があるわけではなし、これも明確なアメリカの国益に日本が屈した一例である。}
5. キョーソーという名の民族宗教{★アメリカの自由は競争が含まれるというか、むしろ競争を確保するための国家としての「自由」保障であるから、この見出しのようにアメリカでの民族宗教(実際にはアメリカは人種のるつぼであるので、正確には国民宗教というべきであるが)であることは間違いない。しかし世界各国には各国の事情があり、積極的に競争状態を保証しようとする(アメリカのような)国もあれば、むしろ競争を制限して、国家としての最大利益を目指す方向の(欧州や日本や、極端な例としてかつての共産主義社会主義諸国のような)国家もあった。それはその国家(たとえば日本)にとって、それが最上の国としてのサバイバル策であったからであろう。それを一律に片方の絶大な力で、自由主義イコール資本主義、資本主義イコール競争主義をムリヤリ押し付けられると、ほかの項でも明らかにしたように、国家間の力関係の大差を利用してアメリカ企業が日本進出を果たす地均しを終ったあと、(いわば大地をブルドーザーで地均ししたあとで)アメリカ企業が日本に進出してアメリカ流の競争原理を日本に持ち込めば、日本の政府・企業はひとたまりもなくアメリカ政府・企業に屈することになるだろう。すなわちこれも合法的な対日植民地化計画の効率のいい実施を目指す施策の一環なのである。}
6. あとがき{★著者のアメリカ政府の公文書を通した問題の解析と、欧米からの継受法と日本固有の固有法の違いによる法治国家の基たる法律の違いと歴史とその現状についての所見である。要するにアメリカの対日政策は、戦後の経済高度成長で豊かになった日本(国家と企業や個人の分を全部含めて)合法的に強奪するための地均しをしつつあり(強奪といって悪ければ市場に手を突っ込んで掻き回すための準備と言い換えてもいい)、それが完成に近付いているということだろう。食料の自給率ひとつとってみても、日本は戦後長期間にわたってアメリカの穀物や牛肉を極く大量に輸入するように圧力を掛けられ、現在の状態になった。では最近問題になっている化石燃料の高騰化対策としてとうもろこしを原料に使って代替燃料を生産するようになった結果など、価格の上昇にせよ食料そのものの不足にせよ、理由はどうであれ、日本に対する食料の供給が止まれば、その対策は日本がとらねばならない。アメリカが助けてくれるとは限らないのである。その事態を見越して、日本は農業政策を遂行してこなければならなかったはずだが、実際には補助金の給付だけで戦後しばらくの間まであった日本の有史以来数千年にわたって営々と続いてきた農業は今日では壊滅してしまった。ことは日本人の食料に関することだけに重大問題であり、このままでわれわれの子孫がどうやって生き延びることができるのか、その方策をいまから講じておかなければならないのに、事実はアメリカの国益で日本の国益が圧迫された結果、その時がくれば日本人の死活問題がアメリカの手に握られる事態を招いてしまったのである。}
・・・・・から成る。
【読みどころ】
 著者がインターネットで検索したアメリカ政府の公開された公文書から、アメリカがどんな意図をもって日本の経済力をアメリカの影響下に置こうとしていたか、そしていまでも現在進行形で進んでいるかが明快平易に示される。アメリカは日本の経済力をロシアの軍事力以上に恐れており、アメリカはその国益のために、日本を、とくに経済力を、丸ごと支配下に置かなくては安心ができないので、国家として文字通り官民・国を挙げての戦略を樹立し、戦術を駆使し、日本の市場開放を迫るという形で、なし崩し的にアメリカが日本を実質支配しようとしている意図と経緯が明らかにされる。日本人というか日本政府というか、日本独特の事なかれ主義と問題の先送りによる一時逃れ、それに敗戦国意識から抜けないために対等な駈引のできない日本の政府など、それらの事実をわれわれ読者の目の前に並べてみせてくれたのが本書なのである。
【ひとこと】
 本書を読んでまず思い出すのがいまから二千数百年前、かつてローマ帝国に滅ぼされた地中海の、いまのチュニジアのあたりにあった、小国ではあったが当時の貿易立国ゆえに富国といわれた「カルタゴ」のことである。アングロ・サクソン民族は、当然ヨーロッパの歴史に明るいだろうから、アメリカの対日政策立案・実施機構の役人たちといえども、カルタゴの名将・ハンニバルがはるばる北アフリカから象を連れて、アルプスを越えてローマに攻めていった故実を知悉していることだろう。その辺の歴史知識を日本の政府役人がわきまえていて、対抗策を練ってくれればいいのだが、カナヅチを持って壇上で「これで某国の市場をこじあけて見せる」と叫んだカーラ・ヒルズ通商代表(本書80頁)などにやられ放しの状態では、いずれ結局は第一次・第二次ポエニ戦争を経て大国ローマに攻め滅ぼされた小国カルタゴのように、太平洋戦争(第二次世界大戦の日本側呼称)に敗れただけでなく、それに続く第二の太平洋「経済」戦争にも完敗する日本の果ては、他国によって自国の農地に作物をつくれないよう農地一面に塩を撒かれ、土に鋤き込まれるような事態にならければいいのだが。その日本にハンニバルに相当する、故国のために立ち上がる人がでてくるのは、いつの日のことか。つくづくといまの日本と約二千年前のカルタゴの置かれている立場は似ているものと思わされる。歴史は繰り返す、のであろう。
【それはさておき】
 言ってみれば、いまアメリカは日本を自国の植民地に変えようとしているのだろう。それも一見合法的な「グローバル・スタンダード即ちアメリカン・スタンダード」という道具を押し付けて内政干渉を行うことによっての話である。本書を読んでつくづく思うのは「国際法」というのはどこに行ってしまったのか、ということだ。世界のエリートが集まる国際関係といえども、内実はヤクザの出入りと同じで、結局は(暴・戦)力の勝る者に弱い者は勝てないということだろう。こうも世界唯一の超大国であるアメリカが思うままに他国に内政干渉し、たとえば悪名高い「スーパー三〇一条(本書76頁)」などやりたい放題の政策が取られ、一方の弱小国はそれに逆らうことはできないのであれば、群小国にできることはせめて集団を組んで自衛の対策を練るのが次善の策だろう。アメリカに対するEUがそれに当る。だが第二次世界大戦の敗戦でむりやり「侵略」の汚名を着せられた日本は、アジアの中でさえも、イニシアチブを取ることができない。さりとて本書で著者が嘆くように、英米法のアメリカとは行き方が違う大陸法のフランスやドイツと共同戦線を張る、という器用なことも日本政府にはできない。となれば、日本の行き着く先は見えてくることになりはしないか。つまり今世紀中に日本は独立国でなくなり、アメリカの傘下に入って50何番目かの州になるしかない。それとてもアメリカ次第のことで、そのときアメリカが(日本との関係よりも)中国や北朝鮮やロシアを重視し、それらとの関係により大きな自国の国益を見出して頭を横に振れば、日本はカルタゴのように国土に塩を梳き込まれて、食うものもなく自滅するしかなくなるのである。そのときになれば、現在の日本の食糧自給率わずか40%という数字が、日本の滅亡とはいわなくても、日本の頽勢に大拍車をかけることだけは間違いなかろう。いまわれわれは、建築基準法の改正や国際会計基準への変更など(アメリカが日本に押し付ける半ば強制的な)手段を通じて、国土に塩を鋤き込まれつつあるのだ。つまり本書を通して見えるのは、国の総力を挙げて国益増進に邁進するアメリカと、その場しのぎの後手後手に回って有効な対策を打てない(どころか状況を国民に説明もせず、できず、する気もなく、親方日の丸で自分のフトコロ勘定だけに忙しく、情けなくも国を売り渡すのと同様の)日本の権力中枢・政策集団の姿である。日本が近隣諸国から攻め込まれたときに、アメリカが助けてくれるなどと信じている日本人が居るとするなら、それはおめでたい人というほかはない。アメリカは自国の国益に沿ったときだけ日本を助けてくれるのであり、その他の場合に特別な配慮や好意を期待することはできないのだ。□