tokyokidの書評・論評・日記

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ルポ・有料老人ホーム体験宿泊記(その8)

tokyokid2008-11-26

8. 附録情報その2・敬老引退者ホーム(ロスアンジェルスダウンタウンにある Keiro Retirement Home・略称KRH)
 比較のために、カリフォルニア州ロスアンジェルス市のダウンタウンにある「元」日系の老人ホームの概要を記す。ここはもともと戦前から住んでいた日系二世の有志が集まって、これから増えてくるであろう日系老人が人生の最後を過ごせる施設をつくろうとして作ったものであった。最大の提唱者は「東京にオリンピックを呼んだ男」として有名な和田勇(故人)であった。高杉良著の「祖国へ、熱き心を」(講談社文庫)は、特に最終17章「日系引退者ホームの父」を設けて、この間の事情を物語っている。当施設は最初「日系高齢引退者ホーム」を名乗っていたが、どうしたわけかその後名称を変えて「日系」の文字を外し、いまでは単に「敬老引退者ホーム(以下略称はKRH)」を名乗っている。英語では「Keiro Senior HealthCare」だ。これは現在当該施設の実権を握る理事会のほとんどを日系アメリカ人が占めて「日系」なる名称を正式名から取り去った結果と聞く。だからいまでも入居者約145名の大多数は「日系アメリカ人(いわゆる二世)」および現地では「新一世」と称する戦後の渡米組が占めているが、なかにはごく少数ながら韓国人も居り、将来は中国人など日系以外のアジア人なども大挙して入居できることが可能な体制となった。地元の日米バイリンガル新聞のコラムが報じるところによると、現行の日系アメリカ人理事長の某氏は「2003年の給与が16万6千ドルだったのに翌2004年には20万4千ドルと22%の昇給、カリフォルニア州上院議員の給与が11万3千ドルだとういのに・・・・」という記事を掲げている(2007年7月12日付・羅府新報)。理事長はじめ理事が御手盛りで自分の給与を上げる老人ホームがいい施設であるかどうかは個々人が判断することとして、同施設の現行の入居料などは下記のとおりである。まず日本の有料老人ホームでは一般に入居時に徴収されるところの多額(数千万円から1億円程度)の「入居一時金」というのはアメリカにあるこの KRH では徴収されない。これはアメリカの国の税制が日本と違って、公共的に認められた団体に対する企業団体や個人からの寄付金が寄付者の税金控除の対象となることから、KRH は現地の日本の現地法人企業を含む日系社会から多大の寄付金を集めているので入居者の負担はそれだけ減る、という理由による。次に月々の入居費用(管理費と食費を合算したもので、食費は食べても食べなくてもこの金額は払わねばならない)を居室の広さ別に掲げる。
・ 一室(studio type)の場合、広さは370 平方フィート(約20畳)、入居者は一人月額で1630ドル(ドル100円換算で16万3千円ほど)を支払うが、これは管理費・食費込みの値段である。
・ 1ベッドルーム(日本でいう1LDK)の場合、広さは530平方フィート(約30畳)、一人入居の場合月額1860ドル(同18万6千ドルほど)、二人入居の場合月額(二人で)2160ドル(同21万6千ドルほど)を支払うが、これも前項と同じく管理費・食費込みとなっている。
・ 以上はいわゆる介護のつかない自立型老人ホームの事情であるが、カリフォルニアでは消防署による規制があって、KRH の入居者は「杖を使ってもかまわない」ことになっているが、それが「ウォーカー」と称する幅広の補助歩行器を使わなくてはならなくなると、KRH を出て ICF (Intermediate Care Facility・中間看護施設)と呼ばれる施設に移らねばならない。ここは2人部屋で月額3千8百ドル(同38万円ほど)となる。
・ さらに入居者が補助歩行器では日常の用が足せなくなり、車椅子を使うようになると ICF を出て「ナーシングホーム」と呼ばれる完全看護施設に移らねばならない。ここは4人部屋で月額5千ドル(同50万円ほど)となる。
 カリフォルニアでは自立型の老人ホーム(KRH)から、介護付きの中間看護施設(CIF)、さらに完全看護施設(ナーシングホーム)に移らねばならない判断を、その人が日常歩行に使う道具によって「消防署が決める」というのが日本人にとってはとてもものめずらしいことだが、これは火事など非常時の避難速度の関係から決められているとのことであった。
 上記のカリフォルニアの例でいくつか補足説明をしておく必要がある。
 まず入居費用のドル・円換算の数字であるが、上記の数字は「ドル100円」のいわゆる「為替レート」を用いて換算した。ところが高度経済成長時代以来の日米為替レートは(アメリカの強い要請によって)常に円高に誘導されてきた。もしここで、同じ品目を日米それぞれの現地通貨で買うとしたらいくら支払わねばならないかという「購買力平価」方式で換算してみる。一般に1ドル200円以上の見当になると筆者は判断するので、そうなれば上記の円貨は倍額になる勘定である。そのことを特に付記しておく。
 それから KRH は入居者に日本の食事が提供されるというので日系アメリカ人・新一世を含む日本人に好評なわけだが、台所で働くのは現地のアメリカ人であり、日本人はほとんど居ない。その上にたとえば入居者の希望が多い「刺身」などは、カリフォルニア州当局の規制により、提供に厳重な制限があるなど、ここの食堂にでてくる「日本食」は日本で食べる日本食とは似て非なる食事であることを覚悟せねばならない。それでも「ヨコメシ」(アメリカ在住の日本人はアメリカの料理をこう呼ぶ)しか出ないアメリカの老人ホームにくらべれば、コメのごはんを食べられる KRH は日系アメリカ人・日本人にとって貴重な存在であることは間違いない。しかしコメの種類ひとつとっても、調理するアメリカ人従業員はもとより、入居者のうち日系アメリカ人は短粒米と長粒米の区別もつかないほど日本の味覚からは離れた人たちであるから、出てくる日本食「タテメシ」(同じく日本料理を指す)もそれなりのものしか出てこないことを覚悟する必要がある。この点では、今回体験宿泊した日本の有料老人ホームで提供された「日本の日本食」とは、献立・味覚・盛り合わせなどの点で格段の相違があった。
 ただし部屋の広さの点では、上掲の数字にあらわれているとおりこの KRH の一部屋の面積は日本の有料老人ホームの部屋にくらべてむしろせまいくらいなのだが、生活様式が椅子の生活を前提とする洋式のため、座る和室も前提としなければならない日本の場合にくらべて広い感じを与えるのは事実である。ここが居室部分の違いであるが、さらに違うのは KRH では食堂に大舞台がしつらえてあり、そのほかに入居者全員を収容することができる舞台付きのホールがあるなどの公共設備部分が充実しているのに対し、日本の有料老人ホームでは食堂があるだけ、舞台なし、という程度の設備で、この点が大きく異なる。ほかにも大小の集会室などがあり入居者が自由に利用できる(もちろん利用上のルールは存在するのが普通)こともアメリカでは普通のことである。これはアメリカならではの建物の大きさのゆえに可能なことなのであり、ひとり KRH に限ったことではなく、アメリカ人が普通に入居する他の老人ホーム施設では、KRH よりも更に充実した施設がある場合がいくらでも見られる。
 どだい日本とアメリカの住宅や生活の事情を単純に比較すること自体ナンセンスなことではあるが、以上気がついた重要と思われる点についてだけとくに記した。□