tokyokidの書評・論評・日記

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書評・TOTAL BASEBALL

tokyokid2008-01-29

書評・TOTAL BASEBALL第6版・大リーグ事務局公認発行・Total Sports社出版

【“TOTAL BASEBALL” とは】
 このレター・サイズ(日本のA4版相当)、厚み6センチを超える2538ページの本“第6版”は、アメリカの国技とも言われる野球の、それもプロ球界の大リーグに1871年から1998年まで在籍した16万9千人余の「すべての」選手についての記録が収録されているほか、大リーグについての重要な記事がすべて含まれているいわば「大リーグの百科事典」である。内容は大まかに「第1部・紹介部門」と「第2部・記録部門」に分かれる。「第1部」はさらに「歴史」「選手」「(大リーグ以外の)他のリーグ」「グラウンド外」の4部門についての詳細を極めた記述がある。たとえば「他のリーグ」のところでは、かつてアメリカに存在した「黒人リーグ」から、海外の日本、カリブ海諸国、カナダ、豪州、韓国、台湾などのリーグ事情、さらに「女子プロ野球」に至るまでの項目が網羅されている。「第2部」は全選手の在籍時の記録が「野手部門」と「投手部門」に分かれて、詳細に記述されている。その詳細さ加減というものは感嘆に値するくらい完璧なものであり、その記録を読めばその選手の現役時代の活躍を髣髴させるので、野球ファンにはたまらない魅力がある。さらに選手の記録づくしや、監督・コーチ・審判らの事項や、「補遺」としてアメリカ大リーグの公式試合の7回に、球場全体の観客が立ち上がって歌う「Take Me Out to the Ballgame」の歌の由来に至るまで、野球に関する重要な事実や現象を網羅してある。「野球百科事典」の名に恥じない出来上がりである。この本の発行はTotal Sports社であるが、アメリカ大リーグ機構の公認出版物として発行されているむねが冒頭に記されている。
【あるべきよう】
 この「野球百科事典」を一読して、野球好きなアメリカ人が国技たる野球に寄せる関心というか愛情というか、そのなみなみならぬ耽溺ぶりを感じずにはいられない。そこではリーグやクラブを超えて、野球に係った人のすべてについて敬意をもって語られている。たとえばアメリカ・プロ野球で「ニューヨーク・ヤンキース」といえば名門クラブであるのは誰でも知っているが、この本でヤンキースが特別扱いされることはない。どのクラブも、どの選手も、実績に従って平等に扱われるのである。「百科事典」として当り前と言ってしまえばそれまでだが、そこでは「個人」が前面に押し出されるアメリカと、「組織」とその統率者だけが脚光を浴び勝ちな日本の間の、大きな差がある。ここでは、長い間プレーして名選手の名を欲しいままにした数少ない有名選手と、1シーズンだけで姿を消した人もいた多数の無名選手との間に、扱いの差はない。
【使ってみれば】 
 誰でも知っている「ベーブ・ルース」の例を挙げよう。本書によると、ルースは1895年メリーランド州ボルチモア生れ、1948年ニューヨークで逝去、身長は6フィート2インチ、体重215ポンド。大リーグデビューは1914年で1935年に引退。生涯で2503試合に出場、打数8399、本塁打714本、打率3割4分2厘、という記録を残したが、表はシーズン(年間記録)ごとに記載してある。(ここで評者の個人的な感想を言えば、ベーブ・ルースの生涯の打数に対する本塁打の率つまり本塁打率がなんと8.5%というのは、さすが本塁打王の名にふさわしく思われる。この点生涯本塁打数でルースを凌いだハンク・アーロンの生涯打数は12364、本塁打数755本、本塁打率6.1%であった)。さらにルースはもともと投手としてデビューしたので投手部門にも記録が残っており、それによると1914年から1933年まで投手として登板したことがあり、投手としての戦績は94勝46敗、勝率6割7分1厘であったという。実に登板数の3分の2以上が勝ちゲームであったわけだ。これらの実績をみると、ベーブ・ルース本塁打王としてだけではなく、投手としても非凡な選手であったことがわかる。
 ほかにもたとえば「新人王」の1995年のナショナル・リーグの項に「野茂英雄」の名前が挙げてあるなど、「野茂以降」の大リーグ記録には日本人選手の名が見えるようになってきた。このような個人記録から、さらに野手・投手に分かれての個別記録はもちろんのこと、前述したプロ野球周辺の情報に至るまで記事が及んでいて、さすがは「野球百科事典」、われわれ野球ファンの知りたいことはたいていのことが記述してある。
【それはさておき】
 アメリカ人は、数字が好きな国民であるということができる。野球観戦に、打率や勝率などのデータすなわち数字を抜きにすると、観客にとって野球の興味は多分半減するであろう。かつては数字に強いといわれた日本人も、このところ世界比較で、学童の計算能力の順位が下位に沈むなど、好ましくない事例が目立っているが、アメリカ人の数字好きは極め付きのようである。アメリカでは株価ひとつとっても、きょうの終値は何ドル安かった・高かったというとき、何パーセントという数字を挙げるのが普通である。日本の株式市況の報道でパーセントのことなど、あまり聞かないように思う。ここが国民の合理性の発露である、と大見得を切るつもりはないが、でも日米両国民性の大きな差であろう。それだけに、他に勝る実績を持つ選手には、公式にも非公式にも、それなりの敬意を払う、というのがアメリカ式なのだ。それから、評に取り上げた本書に似た記録集や逸話集など野球に関する本は、多くの出版物がアメリカの本屋の店頭に溢れていることを申し添える。そのなかには、大リーグ各クラブの本拠地球場の写真集や、第二次世界大戦の戦前から戦中にかけて存在したニグロ・リーグ(黒人リーグ)の本など、資料としても野球に関する興味深い本はいくらでもある。最近ではフットボールやバスケットボールに押されているとはいえ、まだまだ野球はアメリカの国民的スポーツなのである。
【蛇足】
 本書の「他リーグ」の欄で、日本は真っ先に取り上げられるなど、日本の野球の歴史もアメリカに次いで古い。ここいら辺で、本書と同じくらいの内容を持つ、末代に残る日本のプロ野球の「百科事典」を編纂してもいいのではないか。でも球界の盟主をもって任じる某新聞の某社長が、その編集に口を出すような事態になるとすれば、むしろやらないほうがいいのかも知れない。いまとなっては知る人も少なくなったであろう戦前の沢村、景浦、戦後に活躍した若林、川上、大下、藤村、青田、別当、さらに下って稲尾、中西、長島、王などの個別記録を一冊の集大成で見たいと思うのは、評者ばかりではなかろう。こんなことは、日本のプロ野球機構が、それなりの出版社と提携して(つまりこの TOTAL BASEBALL と同じように)すればできることではないのか。それとも「やらない・やれない」なんらかの理由があるのだろうか。
 もうひとつ、この本を評者はたったの14ドル98セントで買った。定価は59ドル95セントの本である。安く買えたのは、年遅れで買ったからである。日本と違ってアメリカでは本の再販制度はないから、期間が過ぎれば本も安売りされる。日本では少なくなったとはいえまだ再販制度で保護されている商品があるということは、消費者は高いものを買わされている、ということだ。再販制度で守られている出版物や新聞の価格でいえば、もし再販制度を外してしまえば、期間内でも安売りに走る業者がでて、業界全体が立ち行かなくなる、というのであれば、それは日本国民の民度の問題であって、消費者の権利の問題ではない。立派に装丁された本の立場からみても、裁断されて古紙に回されるよりも、時期遅れでもいいから安く読みたい熱心な読者の手に渡ったほうが、書籍本来の価値が発揮されたことになるのではないか。日本の国民は、どうしてこうもお上のやることに対して文句を言わないのか、腑に落ちない。□