tokyokidの書評・論評・日記

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書評・最新ビジネス英文手紙辞典

tokyokid2007-11-14

書評・最新ビジネス英文手紙辞典(F.J.クディラ著・朝日出版社

【この英文手紙辞典は】
 巻末の著者紹介によると、この「フランシス・J・クディラ」氏は一九三三年アメリカ・NJ州生れ、経済学専攻で来日後上智大学、一ツ橋大学でマーケッテイングを学び、この本の出版時には自分の会社を組織して、日本企業の英語研修やコンサルタント業務を手掛けている人、となっている。その点本書は、翻訳ものにありがちな、日本の実情とは関係なく書かれたところの、ひとりよがりな「手紙の書き方」類とは異なり、日本企業や日本の企業人の英米国または英米人に対するビジネス上の希求や実情を踏まえたうえで書かれた「最新(の)ビジネス(の)英文手紙(の)辞典」なのである。つまり日本人にとってのビジネス上身近な問題について、相手先に自分の意志を伝えるべく手紙を書くときのよき指針となる「手紙辞典」であるということができる。「Dictionary of Proven Business Letters」の英題がついており、初版は一九八六年七月、底本にしたのは一九八八年十一月発行の第3刷である。著者は「まえがき」で「手紙」がビジネスに果たす重要な役割を述べたあと、手紙は「空いた時間に処理できる」「誤解を防ぐ」「記憶を助ける」「記録になる」「安上がりである」「誠意を伝える」の6点を効用として挙げている。さらに目次から本書の内容を記すと「英文ビジネスレターの構成とレイアウト」「礼状」「アレンジ」「紹介・推薦」「売込みとその返事」「引合いとその返事」「注文とその返事」「価格交渉・支払交渉」「督促とその返事」「苦情とその処理」「報告・通知」「確認」「送付・送金」「依頼・承諾・断り」「人事採用」「挨拶」「招待・案内とその返事」「祝状」「励まし・悔やみ」の各章があり、索引があり、そのあと巻末資料として「役職名・部課名一覧表」がつく。およそ考えられる一般的なビジネス上の各場面に対応できる例文が列挙してある親切さである。
【あるべきよう】
 どの言語でも、喋り言葉と書き言葉とではニュアンスが異なる。単なる交信(コミュニケーション)を目的として使う喋り言葉と、使うことによってある目的を達成する使命を秘めた書き言葉とでは、構文や表現方法が自ずから異なってくるのは当然のことである。だから同じ単語を使っていても、喋り言葉と書き言葉では、構成、構文や表現上のレイアウトなど、目的に沿った効果を上げるための言い方や書き方の構成法が大きく異なるのは自明の理である。つまりアメリカで商談を進めようとする日本人駐在員は、ビジネス書簡の書き方に練達せざるを得ない。この本では、ビジネス上のいろいろな場面を想定して、その目的に沿った文章を英語で書く場合の例文(パターン)を多数示してあり、その例文を場面に応じて多少手直しすることで、ひろくいろいろな局面(シチュエーション)で使えるようになっている。これこそがこの種の「ビジネス用手紙辞典」に求められる最大の資質であろう。
【使ってみれば】 
 日本と英米のビジネス事情を勘案してみれば、文書(手紙も文書のひとつである)をある組織から他の組織宛に発行することが多いのが日本であり、ある個人から他の個人宛に発行することが多いのが英米である、ということができる。つまりここでも、聖徳太子以来の「和の精神」に裏打ちされた「集団指向」の日本的ビジネスのあり方と、創業者や管理職など一部の個人に引張られて業務遂行を図る「個人指向」の英米両国のビジネスのあり方とは、根本的に異なるのである。日本人の駐在員が、英米に派遣されて現地でビジネス活動を開始するとき、その商習慣の違いにとまどうことが多い。日本でも英米でも、最終的には個人同士の信頼関係が直接的にビジネス上の結果に結び付くケースが多いことは言うまでもない。では英米で、どのように「個人同士の信頼関係」を築くことができるのか。その重要な一方法として登場するのが、この手紙つまりはビジネス書簡なのである。評者が現役引退前の約10年間、英文のビジレスレターを書く際に指針としたのが本書である。書き言葉によるビジネス書簡のパターンを覚えるには、これ以上の本はない、と思いながら使っていた。この本以前は、評者は一九五九年以来の新入社員時代からずっと「貿易英文通信の実地研究・奥平光著・研究社・昭和三四年(一九五九)十一月初版発行・第3刷」を長い間使っていた。この本は著者が日本人だけに、日本人読者のかゆいところに手が届くような懇切丁寧な説明がしてあり、加えて貿易実務に適した用語・用例の説明がしてあって、これはこれで使いやすい「ビジネス英語通信文」のテキストであった。この本が日本人の読者にとって親切だったのは、たとえば文章のつぎ穂の単語としての語句「and」「but」「therefore」「emphasis」「ordinal」「example」「time」などについて、言換え語を多数例示してあり、さらに「acknowledgment」「confirmation」などの用例に、自由に応用することのできる「用句集」が工夫されていたことだ。つまりこちらのほうが、まだ日本人が海外渡航を自由に出来なかった時代の「コレポン貿易」つまり書簡によるしか貿易促進の手段がなかった時代には即したテキストであったということができよう。それに対してこの書評で取り上げた「最新ビジネス英文手紙辞典」は、日本人にも海外渡航が自由化され、現地に現地法人を作って海外駐在員を派遣し、地元で直接商談をまとめる形に変ってからのテキストとしては、アメリカをよく知るアメリカ人の著者が書いたテキストだけに、日本人読者には非常にわかりやすく、使い勝手がよかったという差があったと思う。
【それはさておき】
 評者は日本人であるから、例えばラブレターひとつとっても、(日本語ならば)直接的な愛情の表現や、ことさらにロマンチックな月や星などの語彙を使わなくても、女性の注目をこちらに集めることのできるラブレター文章をたちどころに書く自信がある。男女間のラブレターならば、手紙以外にも意思疎通の手段は多々あり、当方の意思を先方に伝えるのに事欠くことはないが、ビジネス、それも日本語とはまったく異なる英語で意思疎通を図らねばならない、となると話は別だ。評者が日本企業のアメリ現地法人で働いていた現役のとき、アメリカ国内を出張で飛び回ることが多かったが、少なくとも一日一回、事務所に居る私の秘書に連絡をとることを怠らなかった。出張先の空港で出発便の待ち時間などを利用して秘書に電話して、その日の顧客からの来信を読んでもらい、その場で秘書に英文の返事を口述(ディクテーション)して、秘書の代理署名(代サイン)で出簡することを日常的に繰り返していた。だから(個人としての)顧客から来た問い合わせに対する(個人としての)自分からの回答を遅らせたことはまずなかったし、その際に思い浮かぶのは、本書の例文のかずかずであって、それをその場その場で、適当に(ではなく適切に!)アレンジして、返事の文章を秘書に口述したものであった。アメリカ人の秘書は評者に口述された内容を、スムースな英語に直して書簡の形にタイプライティングして、代理サインして即時出簡するのである。だから評者は、それだけの英語によるビジネス文書作成技能を身につけた秘書しか採用することはなかった。そうでないと、日常業務が滞ってしまうからである。この本を開くと、いまでも当時のあの人、この人に対する商談のかずかずが頭の中に浮かんでくる。インターネットや電子メールが世に出現する以前の話である。
【蛇足三本】 
1. この本の題名に使ってある「手紙」という単語は「書簡」に代えるべきだ。この本は「ビジネス用」と銘打ってあるのだから。
2. 表紙のデザインが淡白過ぎて、ビジネス文書特有のパターン認識性、視認性、確実性、確認性などを表していない。
3. 最近は、当地アメリカの企業に書簡で問い合わせをしても、返事がくることがほとんどなくなった。その意味でこの本は時代遅れになりつつある。□